日本の航空機事故・鉄道事故 25件/1922〜2024年
- 収録件数
- 25件
- 対象期間
- 1922〜2024年
- 死者数の合計
- 1,851人
- 最多の種別
- 事故
表1 日本の航空機事故・鉄道事故の一覧
| 発生年 | 事件 | この事故が変えた安全対策 |
|---|---|---|
| 1922年 | 北陸線列車雪崩直撃事故 | 日本国内の雪崩関連鉄道事故として最悪の被害を出し、豪雪地帯の鉄道防雪対策の重要性を示した。 |
| 1926年 | 山陽本線特急列車脱線事故 | 豪雨で堤防が決壊し築堤が崩れた地点に特急列車が進入して脱線転覆した。異常気象時に線路の状態をどう把握するかという課題を残した。 |
| 1947年 | 八高線列車脱線転覆事故 | 戦後混乱期の輸送逼迫を象徴する鉄道事故として、老朽木造客車の淘汰を後押しした。 |
| 1948年 | 庭坂事件 | 原因不明のまま迷宮入りした急行旅客列車の脱線転覆事故 |
| 1955年 | 紫雲丸事故 | 国鉄の鉄道連絡船どうしの衝突事故。前年の青函連絡船洞爺丸事故に続く大惨事で、のちに宇高航路は瀬戸大橋の開通とともに終航した。 |
| 1959年 | 宮森小学校米軍機墜落事故 | 整備不良の米軍機が小学校に墜落し、児童11人を含む18人が死亡した。米軍機の飛行と学校など生活の場との近さが問われた。 |
| 1962年 | 南武線久地駅・津田山駅間踏切事故 | 踏切でトラックと衝突した電車が対向電車とも二重に衝突し、154人が重軽傷を負った。踏切事故対策の強化を促す契機となった。 |
| 1966年 | 全日空羽田沖墜落事故 | 原因不明のまま終わった調査結果が、ブラックボックス搭載義務化など航空事故調査体制の強化を促す契機の一つとなった。 |
| 1971年 | ばんだい号墜落事故 | 運輸省の事故調査委員会は、操縦者の位置誤認と強風による飛行経路のずれを事故原因と推定した。 |
| 1971年 | 全日空機雫石衝突事故 | 自衛隊機が訓練空域を逸脱していたことが主因と認定され、訓練を指導した教官の刑事責任が問われた。民間航空路と自衛隊の訓練空域の分離が課題となった。 |
| 1972年 | 北陸トンネル火災事故 | 当時トンネル内に消火・排煙設備がなく、トンネル内での緊急停車が被害を拡大させた。運輸省の特別監査報告書は国鉄の責任を明確に指摘し、以後の鉄道車両の防火対策強化につながった。 |
| 1985年 | 日本航空123便墜落事故 | 運輸省航空事故調査委員会は、過去の修理ミスに起因する後部圧力隔壁の破壊を事故原因とする報告書を公表した。単独機の航空事故としては世界最悪の犠牲者数となった。 |
| 1991年 | 信楽高原鐵道列車衝突事故 | 信号トラブルの際の代用閉塞方式の運用の誤りが原因とされ、関係者が業務上過失致死傷罪で有罪となった。 |
| 1994年 | 中華航空140便墜落事故 | 着陸進入中に失速して墜落し、乗員乗客271人中264人が死亡した。自動操縦と操縦士の操作が競合した際の挙動が問題となった。 |
| 2000年 | 営団日比谷線中目黒駅構内列車脱線衝突事故 | カーブでの脱線により対向列車と衝突し、死者5人を出した。車輪がレールに乗り上がる現象への対策が課題となった。 |
| 2001年 | 日本航空機駿河湾上空ニアミス事故 | 航空機2機が異常接近し、急降下により100人が負傷した。管制官の有罪が最高裁で確定した。 |
| 2002年 | JR九州鹿児島本線列車衝突事故 | 動物と衝突して停止していた列車に後続の快速列車が追突し、134人が重軽傷を負った。 |
| 2004年 | 沖国大米軍ヘリ墜落事件 | 在日米軍の輸送ヘリが大学構内に墜落・炎上した。日米地位協定の壁により事故の全容解明には至らなかった。 |
| 2005年 | JR福知山線脱線事故 | 運輸安全委員会の事故調査報告書では、ダイヤの過密さや運転士への懲罰的な再教育制度も背景として指摘された。戦後最悪級の鉄道事故となった。 |
| 2005年 | JR羽越本線脱線事故 | 突風は予見が困難であったとする調査報告書が公表される一方、JR東日本は現場付近への防風柵設置や気象観測体制の強化など総額100億円を超える安全対策を実施した。 |
| 2014年 | 東急東横線元住吉駅追突事故 | 大雪の影響でブレーキ力が低下して列車同士が追突し、72人が負傷した。降雪時の運行方法が課題となった。 |
| 2017年 | のぞみ34号重大インシデント | 台車に亀裂が見つかり、新幹線史上初めて「重大インシデント」に認定された。国土交通省はJR西日本に事業改善命令などの行政指導を行った。 |
| 2023年 | 宮古島沖陸自ヘリ航空事故 | 陸上自衛隊のヘリコプターが消息を絶ち、第8師団長ら搭乗者10人全員が死亡した。 |
| 2024年 | 羽田空港地上衝突事故 | 滑走路上で旅客機と海上保安庁機が衝突・炎上した。旅客機の乗客乗員379人全員が脱出した一方、海上保安庁機の乗員5人が死亡し、管制の指示伝達と滑走路の安全確認が課題となった。 |
| 2024年 | 宮崎空港誘導路不発弾爆発事故 | 誘導路地下の不発弾が爆発して空港が一時閉鎖され、国土交通省は旧日本軍飛行場を前身とする全国の空港の不発弾調査に乗り出した。 |
図1 年代別の収録件数
収録している事件
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紫雲丸事故
1955年(昭和30年)5月11日午前6時56分、濃霧に包まれた香川県高松港沖で、日本国有鉄道の宇高連絡船「紫雲丸」と貨車運航船「第三宇高丸」が衝突し、紫雲丸が沈没して乗客乗員168人が死亡・行方不明となった。犠牲者のうち108人は4つの小中学校の修学旅行の一行で、児童・生徒だけで100人を数えた。
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山陽本線特急列車脱線事故
1926年(大正15年)9月23日未明、山陽本線安芸中野駅-海田市駅間で、豪雨による畑賀川の堤防決壊で築堤が崩壊していた地点に、東京発下関行きの下り特急第1列車が進入して脱線転覆した事故。34人が死亡し、乗客には著名人や外国人も含まれていた。
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庭坂事件
1948年(昭和23年)4月27日未明、福島県庭坂村(現・福島市)の奥羽本線赤岩-庭坂間で、青森発上野行きの上り急行旅客列車が脱線転覆し、機関士・機関助士と、たまたま便乗していた技工の3人が死亡した。
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宮森小学校米軍機墜落事故
1959年(昭和34年)6月30日、沖縄県石川市(現・うるま市)の宮森小学校に、整備不良で操縦不能となった米軍のジェット戦闘機が墜落した事故。児童11人を含む18人が死亡し、210人が負傷した。
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南武線久地駅・津田山駅間踏切事故
1962年(昭和37年)8月7日、川崎市の南武線久地駅・津田山駅間の踏切で、トラックと電車が衝突したのち対向電車とも二重に衝突する事故が発生し、3人が死亡、154人が重軽傷を負った。踏切事故対策の強化を促す契機となった。
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ばんだい号墜落事故
1971年(昭和46年)7月3日夕、東亜国内航空63便「ばんだい号」(YS-11型機)が札幌から函館へ向け飛行中、函館市の横津岳付近に墜落し、乗員乗客68人全員が死亡した。運輸省の事故調査委員会は、操縦者の位置誤認と強風による飛行経路のずれを事故原因と推定した。
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全日空機雫石衝突事故
1971年7月30日、東京発千歳行きの全日空58便(ボーイング727型機)と航空自衛隊のF-86F訓練機が岩手県岩手郡雫石町上空で空中衝突した。自衛隊機の搭乗員2人はパラシュートで脱出したが、全日空機は空中分解し、乗客乗員162人全員が死亡した。
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北陸トンネル火災事故
1972年(昭和47年)11月6日未明、福井県敦賀市の北陸本線・北陸トンネル内を走行中の急行「きたぐに」の食堂車から出火し、乗客約760人のうち30人が死亡、714人が負傷した。当時トンネル内には消火・排煙設備がなく、列車がトンネル内で緊急停車したことで被害が拡大した。
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日本航空123便墜落事故
1985年(昭和60年)8月12日、羽田発大阪行きの日本航空123便(ボーイング747SR)が群馬県多野郡上野村の御巣鷹の尾根に墜落した事故。乗員乗客524人のうち520人が死亡し、単独機の航空事故としては世界最悪の犠牲者数となった。
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信楽高原鐵道列車衝突事故
1991年(平成3年)5月14日午前10時35分ごろ、滋賀県甲賀郡信楽町(現・甲賀市)の信楽高原鐵道信楽線で、上り普通列車と下り臨時快速列車が正面衝突し、42人が死亡、628人が負傷した。信号トラブルの際の代用閉塞方式の運用の誤りが原因とされ、関係者が業務上過失致死傷罪で有罪となった。
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北陸線列車雪崩直撃事故
1922年(大正11年)2月3日午後8時頃、新潟県西頸城郡(現・糸魚川市)の北陸本線親不知駅~青海駅間、勝山トンネル西口付近で大規模な雪崩が発生し、走行中の列車を直撃した。乗客・除雪作業員ら90人が死亡し、日本の雪崩関連鉄道事故として最悪の被害となった。
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中華航空140便墜落事故
1994年(平成6年)4月26日、台北発名古屋行きの中華航空140便が名古屋空港への着陸進入中に失速して墜落し、乗員乗客271人中264人が死亡した航空事故。
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全日空羽田沖墜落事故
1966年(昭和41年)2月4日午後、全日空60便(ボーイング727型機)が千歳空港から羽田空港への飛行中、東京湾の羽田沖に墜落し、乗客乗員133人全員が死亡した。運輸省の事故調査団による調査が行われたが、原因は特定できず「不明」と結論づけられた。当時世界最悪の単独機事故となった。
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営団日比谷線中目黒駅構内列車脱線衝突事故
営団地下鉄日比谷線の列車が中目黒駅手前のカーブで脱線し、対向列車と衝突した事故。死者5人、負傷者60人以上を出した。
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八高線列車脱線転覆事故
1947年(昭和22年)2月25日午前7時50分頃、国鉄八高線東飯能駅~高麗川駅間で、買い出し客で満員となっていた列車が急カーブを曲がりきれず後部4両が脱線し、約5メートル下の築堤下に転落した。死者184人を出し、日本の鉄道事故史上最悪クラスの惨事となった。
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日本航空機駿河湾上空ニアミス事故
静岡県駿河湾上空で日本航空機2機が異常接近し、片方の機体の急降下により100人が負傷した事故。管制官の有罪が最高裁で確定した。
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JR九州鹿児島本線列車衝突事故
福岡県のJR鹿児島本線で、イノシシと衝突して停止していた列車に後続の快速列車が追突した事故。134人が重軽傷を負った。
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沖国大米軍ヘリ墜落事件
2004年(平成16年)8月13日、訓練飛行中だった在日アメリカ海兵隊の大型輸送ヘリコプターが不具合を起こし、沖縄国際大学の構内に墜落・炎上した。搭乗員3人が負傷したが、大学関係者や周辺住民に負傷者はなかった。日米地位協定の壁により事故の全容解明には至らなかった。
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JR福知山線脱線事故
2005年(平成17年)4月25日午前9時18分ごろ、兵庫県尼崎市のJR福知山線塚口駅〜尼崎駅間で、快速列車が半径304mの右カーブに制限速度を大幅に超える速度で進入して脱線し、線路脇のマンションに激突した事故。
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JR羽越本線脱線事故
2005年(平成17年)12月25日午後7時14分頃、山形県東田川郡庄内町の羽越本線・北余目駅~砂越駅間の第2最上川橋りょう付近で、秋田発新潟行きの特急「いなほ14号」が瞬間的な強風にあおられて全車両脱線し、3両が横転して沿線の施設に激突した。乗客5人が死亡、33人が重軽傷を負った。
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東急東横線元住吉駅追突事故
大雪の影響でブレーキ力が低下し、東急東横線元住吉駅構内で列車同士が追突した事故。72人が負傷した。
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のぞみ34号重大インシデント
東海道新幹線「のぞみ34号」の台車に亀裂が見つかった事案。新幹線史上初めて「重大インシデント」に認定された。
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宮古島沖陸自ヘリ航空事故
2023年(令和5年)4月6日、沖縄県宮古島付近で陸上自衛隊のヘリコプターが飛行中に消息を絶ち、搭乗していた第8師団長ら10人全員が死亡した事故。
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羽田空港地上衝突事故
羽田空港の滑走路で、着陸した日本航空機と海上保安庁機が衝突・炎上した事故。日本航空機の乗客乗員379人全員が脱出した一方、海上保安庁機の乗員5人が死亡した。
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宮崎空港誘導路不発弾爆発事故
2024年(令和6年)10月2日朝、宮崎空港の誘導路地下に埋まっていた太平洋戦争当時の不発弾が爆発し、地面が直径7メートル・深さ1メートルにわたって陥没した事故。負傷者はいなかったが、空港が一時閉鎖される事態となり、国土交通省は旧日本軍飛行場を前身とする全国の空港の不発弾調査に乗り出した。
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「日本の航空機事故・鉄道事故」事件JP、2026年9月8日閲覧。https://jiken.jp/theme/aviation-railway-accidents/