宮崎空港誘導路不発弾爆発事故
| 発生日 | 2024年10月2日(令和6年) |
|---|---|
| 経過 | 発生から1年9か月 |
| 発生場所 | 宮崎県 宮崎市(宮崎空港) |
| 種別 | 事故 |
| 状態 | 終結 |
| 被害 | 死者 0人 負傷者 0人 |
2024年(令和6年)10月2日朝、宮崎空港の誘導路地下に埋まっていた太平洋戦争当時の不発弾が爆発し、地面が直径7メートル・深さ1メートルにわたって陥没した事故。負傷者はいなかったが、空港が一時閉鎖される事態となり、国土交通省は旧日本軍飛行場を前身とする全国の空港の不発弾調査に乗り出した。
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事故の経過
2024年(令和6年)10月2日午前8時ごろ、宮崎空港の滑走路南側誘導路で、地面が直径約7メートル、深さ約1メートルにわたって陥没しているのが見つかった。国土交通省の調査により、地中に埋まっていた第二次世界大戦当時の航空爆弾(不発弾)が自然爆発したことが原因と判明した。宮崎空港は太平洋戦争中、旧日本海軍の飛行場だった歴史があり、周辺には米軍による空襲の際に投下された爆弾が今なお多数埋没しているとみられている。爆発当時、現場付近に人はおらず負傷者は出なかったが、爆発のわずか約2分前には旅客機がこの誘導路付近を通過しており、タイミング次第では大惨事につながりかねない状況だった。滑走路と誘導路は一時閉鎖され、多数の便に欠航や遅延が生じた。宮崎空港は1943年に旧日本海軍の飛行基地として建設され、太平洋戦争末期には米軍による激しい空襲を受けた歴史があり、今回爆発したのは推定250キログラム爆弾とみられている。同空港では、今回の事故以前にも2011年に2発、2021年に1発の不発弾が見つかっており、埋没した不発弾が繰り返し確認される場所であることが知られていた。
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その後の対応
不発弾は信管が経年劣化や化学反応によって作動する「時限式」の構造だったとみられ、専門家は着弾から80年近くを経ても爆発しうる不発弾のリスクを改めて指摘した。事故を受け、翌10月3日には那覇空港でも不発弾が見つかったことが判明し、国土交通省は旧日本軍の飛行場を前身とする全国の空港について、地中レーダー探査による不発弾調査を進める方針を示した。もっとも、滑走路建設前に実施された調査は「水平磁気探査」と呼ばれる手法が中心で、探査可能な深さは地下約2メートルまでにとどまるとされ、それより深くに埋没した不発弾を工事前調査で全て把握することの難しさも浮き彫りになった。太平洋戦争の終結から80年近くが経過した現在も、全国各地で不発弾の発見・処理が続いており、この事故は、戦争の記憶が地中に物理的な形で残り続けていることを改めて社会に示す出来事となった。
経過
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2024年10月2日
令和6年事件・事故 誘導路で不発弾が爆発、地面が陥没
負傷者なし。空港は一時閉鎖
出典・公的資料
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「宮崎空港誘導路不発弾爆発事故」事件データベース jiken.jp、2026年7月30日閲覧。https://jiken.jp/cases/2024-miyazaki-airport-unexploded-bomb/
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更新履歴
- 2026年7月30日 初版公開
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