全日空羽田沖墜落事故

発生日 1966年2月4日(昭和41年)
経過 発生から60年7か月
発生場所 東京都 東京湾(東京国際空港沖)
種別 事故
状態 終結
被害 死者 133人  負傷者 0人
1966年(昭和41年)2月4日午後、全日空60便(ボーイング727型機)が千歳空港から羽田空港への飛行中、東京湾の羽田沖に墜落し、乗客乗員133人全員が死亡した。運輸省の事故調査団による調査が行われたが、原因は特定できず「不明」と結論づけられた。当時世界最悪の単独機事故となった。
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事故の発生

1966年2月4日、全日空60便(ボーイング727-100型、機体記号JA8302)は千歳空港を出発し、羽田空港へ向かっていた。同機は東京湾上空まで順調に飛行していたが、通常の計器飛行方式による着陸経路を外れ、有視界飛行方式で東京湾上空をショートカットする進入を選択した。その後、異常な低高度で東京湾上空に進入し、そのまま海面に接水して墜落した。乗客乗員133人全員が死亡し、前年に国内導入されたばかりの最新鋭ジェット機による惨事は社会に大きな衝撃を与えた。乗客の中には、出張や帰省で搭乗していた会社員・公務員のほか、著名人も含まれており、日本国内における航空機事故としては当時最多の犠牲者数を記録した。原因が最終的に特定されなかったことは遺族の心情に大きな影響を与え、事故の教訓を風化させないための追悼行事が、その後も現地関係者らによって継続されている。
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機体と便の概要

事故機は前年の1965年に導入されたばかりの最新鋭機であるボーイング727-100型(機体記号JA8302)で、全日空60便として千歳空港を1966年2月4日午後6時に出発し、羽田空港を目的地としていた。同機は既に何度も同区間を安全に運航しており、機体そのものに事前の不具合は報告されていなかった。

事故調査とその結論

事故翌日の2月5日、政府は運輸省内に「全日空機羽田沖事故技術調査団」を設置することを決定した。調査団長には、ボーイング727型機の国内導入を積極的に推進した日本大学教授・木村秀政が選ばれた。機体の残骸は徹底的に調査されたが、機体に構造的な欠陥は見つからなかった。1970年9月29日に発表された事故調査報告書は、同機が夜間有視界飛行方式としては異常な低高度で東京湾上空に進入し、接水するに至った理由を明らかにすることができないとし、「原因不明」という極めて異例の結論で締めくくられた。

調査をめぐる論点

事故調査では、機長が通常の計器飛行方式による進入を切り上げ、有視界飛行方式に切り替えて東京湾上空を短絡進入しようとした判断の是非が焦点となった。夜間の洋上飛行では、水平線と夜空の境目が識別しにくくなる「バーティゴ(空間識失調)」に陥りやすいことが知られており、これが機長の高度判断を誤らせた可能性が指摘されたが、確定的な証拠は得られなかった。

「1966年航空事故多発」の中での位置づけ

1966年は日本国内で旅客機の重大事故が相次いだ年としても知られる。同年3月4日にはカナダ太平洋航空402便が羽田空港着陸時に着陸帯手前で墜落・炎上し(乗客乗員72人中64人死亡)、3月5日には英国海外航空911便が富士山付近で空中分解する事故が発生した(乗客乗員124人全員死亡)。2月の全日空機事故を含め、わずか1か月余りの間に3件の航空機事故で計320人以上が犠牲となったことから、この年は航空史上まれにみる事故多発の年として記憶されている。事故現場となった羽田沖の海域では、その後も航空機の離着陸が頻繁に行われており、事故の記憶を伝える追悼碑等は建立されていないものの、航空関係者の間では長く語り継がれている。

航空安全対策への影響

本事故は、それまでの日本の航空事故調査体制の限界を浮き彫りにし、フライトレコーダー・ボイスレコーダー(ブラックボックス)の搭載義務化や、飛行規程の厳格な運用、各種安全システムの導入など、その後の航空安全対策の強化を促す契機の一つとなった。「原因不明」という結論は、当時としては極めて異例であり、事故調査のあり方そのものについても議論を呼んだ。この反省も踏まえ、日本における航空事故調査体制は、後年の運輸安全委員会(旧・航空事故調査委員会)設立に至るまで、段階的に強化されていくこととなった。

経過

  1. 1966年2月4日
    昭和41年

    事件・事故 全日空60便が東京湾に墜落

    ボーイング727型機が羽田沖の東京湾に墜落し、乗客乗員133人全員が死亡した。

  2. 1970年9月29日
    昭和45年

    その他 事故調査報告書が公表され「原因不明」と結論

    運輸省の事故調査団が報告書を発表したが、墜落原因を特定できなかった。

出典・公的資料

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レポート・記事などで本ページを参照する際は、以下の表記をご利用ください。

「全日空羽田沖墜落事故」事件JP、2026年9月8日閲覧。https://jiken.jp/cases/1966-ana-flight60-crash/

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更新履歴

  • 2026年8月19日 初版公開

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