全日空機雫石衝突事故 通称: 雫石事故
結末 1983年9月、最高裁が教官に禁錮3年・執行猶予3年を言い渡した。訓練生は二審で無罪となっていた
| 発生日 | 1971年7月30日(昭和46年) 1971年(昭和46年)の事件 / 7月30日に起きた事件 |
|---|---|
| 経過 | 発生から55年3か月 |
| 発生場所 | 岩手県 岩手郡雫石町 |
| 種別 | 事故 |
| 状態 | 判決確定 |
| 被害 | 死者 162人 |
- 日本の航空機事故・鉄道事故自衛隊機が訓練空域を逸脱していたことが主因と認定され、訓練を指導した教官の刑事責任が問われた。民間航空路と自衛隊の訓練空域の分離が課題となった。
事故の経過
事故調査と裁判
事故後の航空安全対策
事故の航空史上の位置づけ
経過
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1971年7月30日
昭和46年事件・事故 全日空58便と自衛隊機が雫石町上空で空中衝突
全日空機の乗客乗員162人全員が死亡
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1971年8月7日
昭和46年その他 政府が「航空安全緊急対策要綱」を決定
中央交通安全対策会議が、自衛隊訓練空域と航空路の完全分離、特別管制空域の拡充などを盛り込んだ緊急対策を決定した。
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1972年7月27日
昭和47年その他 総理府の事故調査委員会が調査結果を公表
教官が訓練空域を逸脱しジェットルートに入ったことに気づかず訓練を続けたことを第1の原因とした
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1975年3月11日
昭和50年公判 盛岡地方裁判所が教官と訓練生に実刑判決
教官に禁錮4年、訓練生に禁錮2年8月。
盛岡地方裁判所
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1978年5月9日
昭和53年公判 仙台高等裁判所が訓練生に無罪判決
教官の控訴は棄却した。
仙台高等裁判所
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1983年9月22日
昭和58年判決 最高裁判所が教官に禁錮3年・執行猶予3年の判決
二審判決を破棄して刑を軽くした。訓練生は二審で無罪となっていた。
最高裁判所
出典・公的資料
一次資料 2件 判決文・白書・調査報告書・法令など、原典にあたれる資料を掲載しています。
- 白書・統計資料
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白書・統計資料
運輸省総理府の事故調査委員会が1972年7月27日に発表した事故原因(第1の原因:教官の訓練空域逸脱、第2の原因:各操縦者の視認・回避の遅れ)を確認
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その他
Wikipedia編隊の構成(教官機・訓練機)、訓練生の脱出、乗客乗員の内訳、刑事裁判の各審の判決日と内容、「航空安全緊急対策要綱」(1971年8月7日)と航空法改正(1975年)を確認
- その他
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「全日空機雫石衝突事故」事件JP、2026年10月31日閲覧。https://jiken.jp/cases/1971-shizukuishi-air-collision/
更新履歴
- 2026年10月5日 ステータスを「終結」→「判決確定」に訂正(刑事裁判で判決が確定しているため。無罪確定を含む)
- 2026年9月29日 事実精度監査:「自衛隊機の搭乗員2人が脱出」を訂正(衝突したのは訓練機1機で訓練生1人が脱出)、事故調査委員会の原因認定と刑事裁判の各審の経過(訓練生は二審で無罪)を追記、最高裁判決日を訂正
- 2026年7月12日 本文を増補(「事故後の航空安全対策」「事故の航空史上の位置づけ」を追加)
- 2026年7月11日 初版公開
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