福岡県の殺人・強盗・災害など事件一覧(12件)
福岡県で発生した事件を発生日の新しい順に掲載しています。
12 件
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福岡海の中道大橋飲酒運転事故
2006年(平成18年)8月25日夜、福岡市東区の海の中道大橋で、飲酒運転をしていた市職員の男の乗用車が前方の家族の車に追突し、車は海に転落した。幼い子ども3人が死亡し、両親も重軽傷を負った。男は逃走を図ったが、2011年10月31日、最高裁判所で懲役20年の判決が確定した。
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福岡一家4人殺害事件
2003年(平成15年)6月20日、福岡市内の民家で、衣料品販売業を営む男性とその妻・子ども2人の一家4人が、強盗目的で押し入った中国人留学生3人に殺害され、遺体は博多湾に遺棄された。実行犯の1人は日本で死刑が執行され、共犯2人は中国に逃亡後、現地で裁判を受けた。
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JR九州鹿児島本線列車衝突事故
福岡県のJR鹿児島本線で、イノシシと衝突して停止していた列車に後続の快速列車が追突した事故。134人が重軽傷を負った。
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西鉄バスジャック事件
2000年(平成12年)5月3日午後、佐賀県内から出発した西日本鉄道の高速バスが、少年(当時17歳)に牛刀で乗っ取られ、九州自動車道から山陽自動車道を経て広島県内へ移動した。少年は乗客を切りつけて女性1人を殺害、3人を負傷させ、翌4日未明に機動隊の突入により身柄を確保された。
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三井三池炭鉱三川鉱炭じん爆発事故
1963年(昭和38年)11月9日、福岡県大牟田市の三井三池炭鉱三川坑で、坑内を暴走した石炭運搬用トロッコから出火し炭じんが爆発した。爆発そのものによる犠牲に加え、坑内に高濃度の一酸化炭素が長時間滞留したことで多数の坑員が中毒し、死者458人・一酸化炭素中毒患者839人にのぼる戦後最悪の炭鉱事故となった。
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西口彰事件
1963年(昭和38年)10月18日から12月にかけて、西口彰(当時40歳)が福岡・静岡・東京で5人を殺害した連続殺人事件。西口は瀬戸内海で投身自殺を偽装して逃走を続け、翌1964年1月3日、熊本県で逮捕された。この事件は佐木隆三の小説「復讐するは我にあり」のモデルとなった。
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香春町上清炭鉱火災
1961年(昭和36年)3月9日、福岡県田川郡香春町の上清炭鉱で坑内火災が発生し、坑内にいた作業員71人が死亡した。戦後の日本国内における炭鉱火災としては最大の死者数となり、同月16日には田川市体育館で合同葬が営まれ、昭和天皇・香淳皇后から花料が下賜された。
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豊州炭鉱水没事故
1960年(昭和35年)9月20日未明、福岡県田川郡川崎町の上尊鉱業豊州炭鉱で、集中豪雨により増水した中元寺川の川底が陥没し、坑内に川の水が大量に流れ込んで水没した事故。坑内で作業していた約220人のうち67人が逃げ遅れて死亡し、二次災害のおそれから多くの遺体は収容されないまま坑内に取り残された。
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二又トンネル爆発事故
福岡県のトンネル内に貯蔵されていた旧日本陸軍の火薬を米軍が焼却処分しようとした際に大爆発し、死者147人を出した事故。
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大牟田爆発赤痢事件
1937年(昭和12年)9月25日、福岡県大牟田市内で市民が相次いで赤痢様の症状を訴え、最終的に712人が死亡した事件。公式には上水道の汚染が原因とされたが、同日夜に市内の化学工業所で発生した爆発事故との関連を指摘する見方もあり、原因をめぐる論争は国会でも取り上げられた。
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方城炭鉱ガス爆発事故
1914年(大正3年)12月15日午前9時40分頃、福岡県田川郡方城町(現・福智町)の方城炭鉱で発生したガス爆発事故。三菱合資会社が経営していた炭鉱で、坑内に滞留したメタンガスと炭塵に引火し大爆発が起きた。会社発表の死者は671人にのぼり、日本の炭鉱事故史上最悪の惨事とされる。
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大之浦炭鉱爆発事故
福岡県の筑豊炭田・大之浦炭鉱(桐野坑)で発生した炭じんガス爆発事故。資料により死者・行方不明者は243人から259人とされる。
出典: https://jiken.jp/pref/fukuoka/(2026-09-15 取得)/ 事件JP