中華航空140便墜落事故 通称: 名古屋空港中華航空機墜落事故
| 発生日 | 1994年4月26日(平成6年) |
|---|---|
| 経過 | 発生から32年3か月 |
| 発生場所 | 愛知県 豊山町(名古屋空港) |
| 種別 | 事故 |
| 状態 | 終結 |
| 被害 | 死者 264人 負傷者 7人 |
1994年(平成6年)4月26日、台北発名古屋行きの中華航空140便が名古屋空港への着陸進入中に失速して墜落し、乗員乗客271人中264人が死亡した航空事故。
広告
事故の経過
1994年4月26日午後8時12分ごろ、台北発名古屋行きの中華航空140便(エアバスA300B4型機)が、名古屋空港への着陸進入中に突然機首を上げて異常上昇し、失速して滑走路脇に墜落、炎上した。乗員乗客271人のうち264人が死亡し、生存者7人も重軽傷を負う、日本国内で発生した航空事故として最悪級の被害となった。
広告
事故原因
事故調査の結果、着陸復行(ゴーアラウンド)の操作レバーが誤って作動したことをきっかけに自動操縦装置と操縦士の操作が競合し、機体の姿勢制御が乱れたまま失速に至ったことが直接の原因と判明した。機体の自動操縦システムの特性について乗員への周知が不十分であったことや、操縦士間の意思疎通の乱れなど、複数の要因が重なったと結論づけられた。
事故後の対応と教訓
事故を受け、エアバス社は該当機種の自動操縦システムに関する乗員教育の徹底を各航空会社に求め、日本の航空事故調査委員会も操縦士間の意思疎通(クルー・リソース・マネジメント)の重要性を指摘する提言を行った。名古屋空港では現地に慰霊碑が建立され、毎年命日には遺族らによる追悼行事が営まれている。
遺族による訴訟
事故後、遺族の一部は中華航空とエアバス社を相手取り、損害賠償を求める訴訟を日本国内外で起こした。裁判では、自動操縦システムの設計上の問題や、乗員への教育体制の不備が争点となり、長期にわたる係争を経て和解や賠償が行われた。この事故は、航空機の自動化が進む中でパイロットが機械の挙動を正しく把握できないまま重大事故に至る「オートメーション・サプライズ」の典型例として、その後の航空安全研究でも繰り返し分析の対象とされている。
名古屋空港とその後の航空安全
事故当時、名古屋空港(現・県営名古屋空港)は中部地方の国際拠点空港であったが、事故後に整備された中部国際空港(セントレア)へ国際線の多くが移管された。事故を機に、エアバス社製の同型機を運航する国内外の航空会社では、自動操縦の解除操作に関する統一的な訓練基準の見直しが進められた。
経過
-
1994年4月26日
平成6年事件・事故 名古屋空港への着陸進入中に失速し墜落・炎上
乗員乗客271人中264人が死亡した。
-
1996年7月19日
平成8年その他 航空事故調査委員会が調査報告書を公表
出典・公的資料
- その他
- その他
この記事を引用する
レポート・記事などで本ページを参照する際は、以下の表記をご利用ください。
「中華航空140便墜落事故」事件データベース jiken.jp、2026年8月5日閲覧。https://jiken.jp/cases/1994-china-airlines-flight-140-crash/
関連する事件
広告
本ページは公的資料に基づいて作成しています。情報の誤りにお気づきの場合や、掲載内容の削除・訂正のご依頼は お問い合わせ・削除依頼よりご連絡ください。