その他事件の一覧(35件)|発生日・判決・出典つき
種別「その他」の事件を発生日の新しい順に掲載しています。
「その他」には、上記いずれの種別にも当てはまらない事件を分類しています。クーデター未遂や政治的な騒乱、脱獄、誤認逮捕など、性質の異なる事件が含まれます。掲載事件は、判決文や国立公文書館・国会会議録などの公的資料、信頼できる報道機関の記事に基づき事実関係を確認したうえで記録しています。
35 件
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電通過労自殺事件
2015年、大手広告代理店・電通の新入社員だった高橋まつりさん(当時24歳)が、本採用直後からの急激な業務量増加による極度の長時間労働とパワーハラスメントによりうつ病を発症し自殺した事件。三田労働基準監督署が労災認定し、法人としての電通は労働基準法違反で有罪判決(罰金50万円)を受けた。政府が推進した「働き方改革」関連法制定の直接的な契機となった。
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桜宮高校バスケットボール部体罰自殺事件
大阪市立桜宮高校バスケットボール部の男子生徒が、顧問から日常的に体罰を受けた末に自殺した事件。学校における体罰のあり方が全国的な議論となった。
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広島刑務所中国人受刑者脱獄事件
広島刑務所の運動場から中国籍の受刑者が脱走した事件。塀を乗り越えて逃走し、約54時間後に広島市内で身柄を確保された。
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大津市中2いじめ自殺事件
2011年、滋賀県大津市の市立中学校2年生の男子生徒が、同級生からのいじめを苦に自殺した事件。学校・教育委員会の対応の不備が社会問題化し、大津市の第三者調査委員会がいじめと自殺の因果関係を認定した。元同級生らを相手取った民事訴訟では大阪高裁が過失相殺のうえ賠償を命じ確定。2013年制定の「いじめ防止対策推進法」の直接的な契機となった。
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宮崎県口蹄疫
2010年(平成22年)4月20日、宮崎県児湯郡都農町の農場で家畜伝染病の口蹄疫の発生が確認された。感染は近隣の畜産密集地帯へ急速に広がり、宮崎県は5月18日に県として初めての非常事態宣言を発出。5月22日からは制限区域内の家畜へのワクチン接種が始まった。最終的に1,304戸の農場で28万8,649頭の牛と豚が処分され、県内の経済被害は2,350億円と推計されている。8月27日に終息宣言が出されるまで約4か月を要した。国は流行のさなかの6月4日に口蹄疫対策特別措置法を整備し、防疫体制の枠組みそのものが見直されることになった。
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徳島刑務所暴動事件
2007年(平成19年)11月16日午前9時25分ごろ、徳島刑務所の工場で受刑者が刑務官と衝突する騒じょうが起きた。背景には、施設の医務課長による診療のあり方について多数の受刑者が不服を申し立てていた経緯があり、告発の中心となった受刑者が隔離・移送されようとしたことが引き金となった。刑事施設及び受刑者等の処遇に関する法律が施行された翌年の出来事であり、受刑者からの不服申立てを施設内でどう受け止めるか、矯正医療をどう確保するかという課題を突きつけた。関係者に対する刑事告訴は不起訴に終わっている。
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四日市ジャスコ誤認逮捕死亡事件
三重県四日市市のショッピングセンターで、窃盗の疑いをかけられた男性が周囲の客らに取り押さえられた後に死亡した事件。
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九州南西海域工作船事件
東シナ海で海上保安庁の巡視船が北朝鮮の工作船を追跡し、銃撃戦の末に工作船が自爆・沈没した事件。
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能登半島沖不審船事件
石川県能登半島沖で発見された北朝鮮の不審船2隻を海上保安庁・海上自衛隊が追跡した事件。自衛隊初の海上警備行動が発令された。
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豊島産業廃棄物不法投棄事件
1990年(平成2年)11月16日、兵庫県警察が香川県小豆郡土庄町の豊島(てしま)で産業廃棄物処理業者を廃棄物処理法違反容疑で強制捜査し、瀬戸内海国立公園内の島に大量の産業廃棄物が不法投棄されていた実態が明らかになった。「ミミズの養殖」を名目に1978年から続いた投棄により、島には廃棄物と汚染土壌が堆積。住民が申請した公害調停は2000年6月6日に成立し、香川県知事が住民に謝罪して原状回復に合意した。搬出された廃棄物・汚染土壌は約91万トンにのぼり、国内最大級の産業廃棄物不法投棄事件として廃棄物処理法の度重なる改正につながった。
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フライデー襲撃事件
1986年(昭和61年)12月9日未明、東京都文京区の講談社本館にあるフライデー編集部に、タレントのビートたけし(北野武)とたけし軍団のメンバー計12人が乱入し、編集部員に暴行を加えた事件。前日に同誌契約記者がたけしの交際相手の女性に強引な取材を行い負傷させたことへの抗議が発端だった。たけしは現行犯逮捕され、傷害罪で有罪判決(懲役6か月・執行猶予2年)が確定した。写真週刊誌の過熱取材のあり方が社会問題化する契機となった。
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川崎市輸血拒否事件
1985年(昭和60年)6月6日、神奈川県川崎市で交通事故により重傷を負った小学5年の男児が、両親が信仰上の理由で輸血を拒否したため、輸血を伴う手術を受けられずに死亡した事件。
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神戸・元町電話局電子交換器停止事件
1980年(昭和55年)10月3日、神戸市の元町電話局で電電公社(現NTT)の電子交換機が故障し、市中心部で電話約2万本が8時間31分にわたって不通となった事件。夕方の帰宅ラッシュ時に緊急通報を含む通信が広範囲で途絶し、「電電公社始まって以来最悪の故障」と評された。
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東山事件
1977年(昭和52年)5月8日、新東京国際空港(成田空港)の建設に反対する運動の支援者が、機動隊との衝突の際に催涙ガス弾の直撃を受け、2日後に死亡した事件。
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三島由紀夫事件
1970年(昭和45年)11月25日、作家・三島由紀夫が自ら主宰する民兵組織「楯の会」のメンバー4人とともに陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地(東京都新宿区)を訪れ、東部方面総監を人質に取って自衛隊員に決起を呼びかけたのち、割腹自殺した事件。三島と会員1人が死亡し、他の会員3人は逮捕された。戦後日本を代表する作家による衝撃的な最期として、国内外に大きな衝撃を与えた。
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新宿騒乱事件
1968年(昭和43年)10月21日、国際反戦デーに合わせて新宿駅に集結した新左翼党派の学生・活動家ら約2000人が駅構内に乱入し、電車への放火や信号機への投石を繰り返した事件。約2万人の野次馬も加わって騒乱状態となり、743人が検挙され、戦後初めて騒擾罪(現・騒乱罪)が適用された。
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第一次羽田事件
1967年(昭和42年)10月8日、佐藤栄作首相の南ベトナム訪問阻止を掲げる学生ら約2500人が東京都大田区の羽田空港周辺で機動隊と衝突し、京都大学生の山﨑博昭(当時18歳)が死亡した事件。戦後の学生運動が実力闘争へと転じる象徴的な事件として、その後の運動に大きな影響を与えた。
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安保闘争死亡事件(樺美智子さん)
1960年(昭和35年)6月15日、新安保条約批准に反対する全学連主流派のデモ隊が国会構内に突入し、警官隊と衝突した。この混乱の中で東京大学生の樺美智子さんが死亡した。
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長崎国旗事件
1958年(昭和33年)5月2日、長崎市の浜屋百貨店4階で開催されていた日中友好協会長崎支部主催の中国切手・切り紙展覧会で、右翼団体に所属する28歳の男が会場に掲げられていた中華人民共和国国旗(五星紅旗)を引きずり降ろして毀損した。日本政府は中華人民共和国を国家承認していなかったため、この行為を外国国章損壊罪ではなく軽犯罪法違反として扱い、男には科料500円の略式命令が下された。中国側はこの軽い処分と日本政府の対応を強く批判し、5月9日に対日貿易の全面停止を声明、以後約2年半にわたり日中間の貿易・文化交流が途絶えた。後年公開された台湾側の外交文書により、在長崎の中華民国領事館が事件に関与していたことも明らかになっている。
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吹田・枚方事件
1952年(昭和27年)6月24日から25日にかけて、朝鮮戦争開戦2周年を機に、大阪府吹田市では労働者・学生・在日朝鮮人らが国鉄吹田操車場に突入して警察官と衝突し(吹田事件)、同時期に枚方市では旧陸軍工廠の施設が爆破される事件が発生した(枚方事件)。血のメーデー事件・大須事件と並ぶ戦後三大騒擾事件の一つとされる。吹田事件では111人が騒擾罪などで起訴されたが、1972年3月17日の最高裁判決で騒擾罪の不成立が確定した。
出典: https://jiken.jp/category/other/(2026-09-15 取得)/ 事件JP