炭鉱事故・産業災害 19件/1909〜2022年

炭鉱、鉱山、化学プラント、建設現場。日本の産業を支えた現場では、一度の事故で数百人が命を落とすこともありました。この特集では、就労中の労働者に多数の死傷者が出た事故を発生順に整理しています。戦後最悪の炭鉱事故となった1963年の三井三池炭鉱三川鉱炭じん爆発事故は、死者458人に加えて839人が一酸化炭素中毒となり、後遺症をめぐる問題が長く残りました。各事件の紐付けは、当サイトが公的資料・報道に基づいて確認できた範囲にとどめています。
収録件数
19件
対象期間
1909〜2022年
死者数の合計
2,366人
最多の種別
事故
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表1 炭鉱事故・産業災害の一覧

発生年事件この災害が問うた労働安全のあり方
1909年 大之浦炭鉱爆発事故 筑豊炭田で発生した炭じんガス爆発。資料により死者・行方不明者は243人から259人とされ、明治期の炭鉱で最大級の被害となった。
1914年 方城炭鉱ガス爆発事故 671人の死者を出した日本最大の炭鉱爆発事故として、筑豊炭田の産業災害史を象徴する事例。
1921年 丹那トンネル熱海口崩落事故 建設中の丹那トンネルで断層破砕帯からの崩落が発生し、作業員16人が死亡。工事全体では16年の工期中に67人が死亡し、水抜き坑を先進させる排水工法(丹那方式)が確立された。
1936年 尾去沢鉱山鉱滓ダム決壊事故 鉱滓ダムが決壊し、下流の住宅地を土砂が押し流して362人が死亡した。鉱山の廃棄物処理施設が周辺住民の生命に直結することを示した。
1937年 小串鉱山地滑り災害 硫黄鉱山の背後で大規模な斜面崩落が起き、鉱山施設と社宅を押し流して245人が死亡した。事業所と住居が一体だった鉱山集落の脆さが表れた。
1939年 松尾鉱山落盤事故 硫黄鉱山で発生した落盤事故で、死者・行方不明者85人を出した。
1945年 二又トンネル爆発事故 トンネル内に貯蔵されていた旧日本陸軍の火薬を焼却処分しようとした際に大爆発が起き、147人が死亡した。
1949年 松島炭鉱ガス爆発事故 炭鉱で発生したガス・炭じん爆発事故。坑内のガス管理の難しさを示した事故の一つ。
1955年 墨田区花火問屋爆発事故 花火問屋の工場倉庫が爆発し、爆風は周辺の建物にも被害を及ぼした。住宅密集地における花火の保管・製造の危険性を浮き彫りにした。
1955年 茂尻炭鉱ガス爆発事故 坑内のガス爆発により60人が死亡した。
1960年 豊州炭鉱水没事故 集中豪雨で増水した川の川底が陥没し、坑内に大量の水が流れ込んで67人が死亡した。二次災害のおそれから多くの遺体は収容されないまま坑内に取り残された。
1961年 香春町上清炭鉱火災 戦後最大規模の炭鉱火災の一つで、筑豊炭田の産業災害史を象徴する事例。
1961年 奥新冠ダム建設工事雪崩災害 日高電源一貫開発計画の奥新冠ダム建設工事現場で、作業員宿舎が表層雪崩に襲われ34人が死亡。工事期間中の労働災害・自然災害による殉職者は計58人にのぼった。
1963年 三井三池炭鉱三川鉱炭じん爆発事故 爆発による犠牲に加え、坑内に高濃度の一酸化炭素が長時間滞留したことで多数の坑員が中毒し、死者458人・一酸化炭素中毒患者839人にのぼる戦後最悪の炭鉱事故となった。
1964年 昭和電工川崎工場爆発事故 漏洩した酸化プロピレンに引火して爆発し、犠牲者の多くは増設工事にあたっていた下請け労働者だった。危険物取扱基準の見直しや、後の労働安全衛生法(1972年制定)に連なる労働災害対策強化の契機の一つとなった。
1981年 北炭夕張新炭鉱ガス突出事故 海面下810メートルの坑道でガスが突出し、坑内火災の拡大を防ぐための注水作業も含め最終的に93人が死亡した。事故から1年後に炭鉱は閉山した。
2012年 倉敷海底トンネル事故 シールド工法で施工中の海底トンネルに海水が流入し、作業員5人が死亡した。事故調査では、内壁部材の一部が抜け出して地下水が流入し、周辺地盤が緩んだことが崩壊のきっかけと推定された。
2012年 三井化学岩国大竹工場爆発事故 酸化反応器のインターロックが解除されたことで撹拌不良が生じ、有機過酸化物の分解反応による圧力上昇で反応器が破裂したことが直接の原因と結論づけられた。近隣の住宅999軒にも損傷が及んだ。
2022年 三幸製菓荒川工場火災 乾燥機内部に堆積していた油分を含む煎餅のかけらが熱を受けたことが出火原因と推定されている。死亡した6人のうち4人は夜間から早朝の勤務で清掃を担当していたアルバイトの女性だった。

図1 年代別の収録件数

炭鉱事故・産業災害の年代別収録件数0123451900年代:1件00s11910年代:1件10s11920年代:1件20s11930年代:3件30s31940年代:2件40s21950年代:2件50s21960年代:5件60s51980年代:1件80s12010年代:2件10s22020年代:1件20s1
年代をクリックすると年表に移動します

収録している事件

  1. 1909年11月24日(明治42年) 福岡県 事故 終結

    大之浦炭鉱爆発事故

    福岡県の筑豊炭田・大之浦炭鉱(桐野坑)で発生した炭じんガス爆発事故。資料により死者・行方不明者は243人から259人とされる。

  2. 1936年11月20日(昭和11年) 秋田県 災害 終結

    尾去沢鉱山鉱滓ダム決壊事故

    秋田県の尾去沢鉱山で鉱滓ダムが決壊し、下流の住宅地を土砂が押し流して死者362人を出した事故。

  3. 1937年11月11日(昭和12年) 群馬県 災害 終結

    小串鉱山地滑り災害

    群馬県嬬恋村の小串硫黄鉱山で背後の斜面が大規模に崩落し、鉱山施設や社宅を押し流して死者245人を出した災害。

  4. 1939年11月10日(昭和14年) 岩手県 事故 終結

    松尾鉱山落盤事故

    岩手県の松尾鉱山(硫黄鉱山)で発生した落盤事故。死者・行方不明者85人を出した。

  5. 1945年11月12日(昭和20年) 福岡県 事故 終結

    二又トンネル爆発事故

    福岡県のトンネル内に貯蔵されていた旧日本陸軍の火薬を米軍が焼却処分しようとした際に大爆発し、死者147人を出した事故。

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  7. 1949年11月27日(昭和24年) 長崎県 事故 終結

    松島炭鉱ガス爆発事故

    長崎県の松島炭鉱(大島鉱業所)で発生したガス・炭じん爆発事故。死者9人を出した。

  8. 1955年8月1日(昭和30年) 東京都 事故 終結

    墨田区花火問屋爆発事故

    1955年(昭和30年)8月1日、東京都墨田区の花火問屋が経営する花火工場の倉庫で爆発が発生し、18人が死亡、80人以上が重軽傷を負った。爆風は周辺の建物にも被害を及ぼし、住宅密集地における花火の保管・製造の危険性を浮き彫りにした。

  9. 1955年11月1日(昭和30年) 北海道 事故 終結

    茂尻炭鉱ガス爆発事故

    北海道赤平市の茂尻炭鉱で坑内のガス爆発が発生し、死者60人、負傷者17人を出した事故。

  10. 1914年12月15日(大正3年) 福岡県 事故 終結

    方城炭鉱ガス爆発事故

    1914年(大正3年)12月15日午前9時40分頃、福岡県田川郡方城町(現・福智町)の方城炭鉱で発生したガス爆発事故。三菱合資会社が経営していた炭鉱で、坑内に滞留したメタンガスと炭塵に引火し大爆発が起きた。会社発表の死者は671人にのぼり、日本の炭鉱事故史上最悪の惨事とされる。

  11. 1960年9月20日(昭和35年) 福岡県 事故 終結

    豊州炭鉱水没事故

    1960年(昭和35年)9月20日未明、福岡県田川郡川崎町の上尊鉱業豊州炭鉱で、集中豪雨により増水した中元寺川の川底が陥没し、坑内に川の水が大量に流れ込んで水没した事故。坑内で作業していた約220人のうち67人が逃げ遅れて死亡し、二次災害のおそれから多くの遺体は収容されないまま坑内に取り残された。

  12. 1963年11月9日(昭和38年) 福岡県 事故 終結

    三井三池炭鉱三川鉱炭じん爆発事故

    1963年(昭和38年)11月9日、福岡県大牟田市の三井三池炭鉱三川坑で、坑内を暴走した石炭運搬用トロッコから出火し炭じんが爆発した。爆発そのものによる犠牲に加え、坑内に高濃度の一酸化炭素が長時間滞留したことで多数の坑員が中毒し、…

  13. 1964年6月11日(昭和39年) 神奈川県 事故 終結

    昭和電工川崎工場爆発事故

    1964年(昭和39年)6月11日、神奈川県川崎市の昭和電工川崎工場で、漏洩した酸化プロピレンに引火して爆発が発生し、18人が死亡、117人が負傷した事故。犠牲者の多くは増設工事にあたっていた下請け労働者だった。

  14. 1961年3月9日(昭和36年) 福岡県 事故 終結

    香春町上清炭鉱火災

    1961年(昭和36年)3月9日、福岡県田川郡香春町の上清炭鉱で坑内火災が発生し、坑内にいた作業員71人が死亡した。戦後の日本国内における炭鉱火災としては最大の死者数となり、同月16日には田川市体育館で合同葬が営まれ、昭和天皇・香淳皇后から花料が下賜された。

  15. 1981年10月16日(昭和56年) 北海道 事故 終結

    北炭夕張新炭鉱ガス突出事故

    1981年(昭和56年)10月16日、北海道夕張市の北炭夕張新炭鉱で、海面下810メートルの坑道でガス突出事故が発生した事件。その後の坑内火災の拡大を防ぐための注水作業も含め、最終的に93人が死亡した。事故から1年後の1982年10月、炭鉱は閉山した。

  16. 2012年2月7日(平成24年) 岡山県 事故 終結

    倉敷海底トンネル事故

    2012年(平成24年)2月7日、岡山県倉敷市の水島コンビナート内で、石油製品輸送用パイプラインを通すための海底トンネルをシールド工法で施工中、トンネル内に大量の海水が流入し、作業員5人が死亡した事故。海水はトンネルから立坑まで流れ込み、少なくとも約6,000トンが流入したと推定されている。

  17. 2012年4月22日(平成24年) 山口県 事故 終結

    三井化学岩国大竹工場爆発事故

    2012年(平成24年)4月22日未明、山口県玖珂郡和木町にある三井化学岩国大竹工場のレゾルシン製造プラントで爆発火災が発生した。同日朝には2回目の爆発も起き、鎮火までに丸1日以上を要した。この事故で構内の社員1人が死亡し、周辺住民を含む25人が負傷したほか、近隣の住宅999軒に損傷を与えた。

  18. 2022年2月11日(令和4年) 新潟県 事故 捜査中

    三幸製菓荒川工場火災

    2022年(令和4年)2月11日深夜、新潟県村上市の米菓製造大手・三幸製菓の荒川工場で火災が発生し、製造棟が全焼して従業員6人が死亡、1人が負傷した。死亡した6人のうち身元が判明した4人は、夜間から早朝にかけての勤務で清掃のアルバイトをしていた女性だった。

  19. 1921年4月1日(大正10年) 静岡県 事故 終結

    丹那トンネル熱海口崩落事故

    1921年(大正10年)4月1日午後4時20分ごろ、静岡県田方郡熱海町(現・熱海市)で建設中だった丹那トンネル熱海口(東口)付近、坑口から約300メートルの地点で崩落が発生した。作業員33名が生き埋めとなり、16名が死亡した。

  20. 1961年4月5日(昭和36年) 北海道 災害 終結

    奥新冠ダム建設工事雪崩災害

    1961年(昭和36年)4月5日未明、北海道日高地方の平取町振内と新冠村(現・新冠町)奥新冠で、北海道電力が進めていた日高電源一貫開発計画の一環である奥新冠ダム・発電所建設工事の作業員宿舎が相次いで表層雪崩に襲われた。

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レポート・記事などで本ページを参照する際は、以下の表記をご利用ください。

「炭鉱事故・産業災害」事件JP、2026年9月8日閲覧。https://jiken.jp/theme/mine-industrial-accidents/
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