北海道の殺人・強盗・災害など事件一覧(19件)
北海道で発生した事件を発生日の新しい順に掲載しています。
19 件
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知床遊覧船沈没事故
2022年(令和4年)4月23日午後1時50分ごろ、北海道斜里町の知床半島沖カシュニの滝付近で、観光船「KAZU I」(19トン)が沈没し、乗客24人・乗員2人の計26人が死亡・行方不明となった。強風・波浪注意報が発表される中での出航で、船首甲板のハッチが十分に閉鎖できない状態のまま航行し、波の打ち込みによる浸水が拡大したことが運輸安全委員会の調査で明らかになった。運航会社は過去にも座礁・接触事故を起こしていたが、国の監査・検査体制の不備もあって改善されないまま今回の事故に至った。運航会社の社長は2026年6月、業務上過失致死罪で禁錮5年の実刑判決を受け、控訴した。
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札幌不動産仲介店舗ガス爆発事故
札幌市豊平区の雑居ビルで発生したガス爆発事故。不動産店が廃棄したスプレー缶のガスに引火したとみられ、52人が負傷した。
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北海道胆振東部地震
2018年(平成30年)9月6日午前3時7分ごろ、北海道胆振地方中東部を震源とするマグニチュード6.7の地震が発生し、厚真町で最大震度7を観測した。大規模な土砂崩れにより厚真町を中心に44人が死亡し、北海道内全域が停電する「ブラックアウト」が発生した。
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北海道佐呂間町竜巻災害
北海道佐呂間町で発生した竜巻により、工事事務所が直撃されるなどして死者9人、重軽傷者29人を出した災害。
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北海道東方沖地震
1994年(平成6年)10月4日午後10時22分、北海道根室沖を震源に発生したマグニチュード8.2の地震。釧路市・厚岸町で震度6を観測し、死者9人・行方不明者2人・負傷者437人を出したほか、北方領土の択捉島でも深刻な被害が生じた。平成に入って日本近海で初めてM8を超えた地震だった。
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北海道南西沖地震
1993年(平成5年)7月12日22時17分、北海道南西沖の日本海を震源とするマグニチュード7.8の地震が発生した。震源が島に極めて近かったため、発生から数分という短時間で奥尻島に大津波が到達し、青苗地区では津波と同時多発火災による被害が重なった。気象庁の集計では死者・行方不明者は230人(死者202人・行方不明28人)にのぼり、住家全壊577棟などの被害が生じた。
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北炭夕張新炭鉱ガス突出事故
1981年(昭和56年)10月16日、北海道夕張市の北炭夕張新炭鉱で、海面下810メートルの坑道でガス突出事故が発生した事件。その後の坑内火災の拡大を防ぐための注水作業も含め、最終的に93人が死亡した。事故から1年後の1982年10月、炭鉱は閉山した。
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ばんだい号墜落事故
1971年(昭和46年)7月3日夕、東亜国内航空63便「ばんだい号」(YS-11型機)が札幌から函館へ向け飛行中、函館市の横津岳付近に墜落し、乗員乗客68人全員が死亡した。運輸省の事故調査委員会は、操縦者の位置誤認と強風による飛行経路のずれを事故原因と推定した。
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豊浜山津波
1962年(昭和37年)10月17日、北海道乙部町豊浜地区で発生した土石流(山津波)が、走行中の函館バスの路線バスを海中に押し流した事故。乗務員2人は生還したが、乗客のうち11人が死亡、3人が行方不明、14人が重軽傷を負った。事故後、現場の旧道は廃止され、新たなトンネル・道路が整備された。
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奥新冠ダム建設工事雪崩災害
1961年(昭和36年)4月5日未明、北海道日高地方の平取町振内と新冠村(現・新冠町)奥新冠で、北海道電力が進めていた日高電源一貫開発計画の一環である奥新冠ダム・発電所建設工事の作業員宿舎が相次いで表層雪崩に襲われた。前日までの高温と降雨で緩んだ積雪が崩落し、平取町側で12人、新冠側で22人、合わせて34人が死亡、11人が負傷した。北海道警察などの現場検証は「事前予知が到底困難な自然災害」と結論づけた。工事用道路の復旧や作業員の離散により工事の全面再開には時間を要し、後年、現場付近と発電所そばに慰霊碑が建立された。
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茂尻炭鉱ガス爆発事故
北海道赤平市の茂尻炭鉱で坑内のガス爆発が発生し、死者60人、負傷者17人を出した事故。
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洞爺丸事故
1954年(昭和29年)9月26日夜、台風15号(洞爺丸台風)による強風の中、青函連絡船「洞爺丸」が北海道・函館港沖の七重浜沖合で転覆・沈没した事故。乗員乗客1314人のうち1155人が死亡・行方不明となり、日本海難史上最悪の惨事となった。この事故を契機に、本州と北海道を結ぶ青函トンネルの建設構想が具体化した。
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メイストーム海難事故
1954年(昭和29年)5月9日から10日にかけて急速に発達した低気圧により北海道近海で暴風が発生し、サケ・マス漁の漁船が多数遭難、361人が死亡・行方不明となった海難事故。
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十勝沖地震
1952年(昭和27年)3月4日午前10時22分頃、北海道十勝沖を震源とするマグニチュード8.2の地震が発生した。日高・十勝・釧路地方を中心に被害が及び、津波は厚岸で6.5メートルに達した。死者28人・行方不明5人、住宅全壊815戸にのぼる、戦後の北海道における最大級の地震災害となった。
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白鳥事件
1952年(昭和27年)1月21日夜、札幌市中央区の路上で、自転車で帰宅途中の札幌市警察本部警備課長・白鳥一雄警部(36歳)が背後から拳銃で撃たれ死亡した。警察は日本共産党による組織的犯行とみて捜査し、同年10月、党札幌市委員会委員長の男を共謀共同正犯として逮捕・起訴した。実行犯とされる党員は国外へ逃亡し逮捕を免れたまま、男は1963年に懲役20年の有罪が最高裁で確定した。1975年、再審請求を棄却した最高裁決定(通称「白鳥決定」)は、再審にも「疑わしきは被告人の利益に」の原則が適用されると初めて明示し、その後の再審制度の運用に大きな影響を与えた。
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大原劇場火災
1951年(昭和26年)5月19日午後2時50分ごろ、北海道厚岸郡浜中村(現・浜中町)にあった映画館「大原劇場」で火災が発生した。住宅を改造した収容人数約200名の急ごしらえの施設で、上映中のフィルムから映写室内で出火し、火元の映写室が出入口の近くにあったことに加え、非常口にかんぬきがかけられていたため、多くの観客が避難できなかった。小・中学生を含む42名が死亡する惨事となり、劇場主・映写技師・引率教員ら7名が業務上過失致死傷などの容疑で書類送検された。地元では犠牲者を悼む慰霊塔が建立され、現在も追悼が続けられている。
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北海道拓殖銀行美深支店強盗殺人事件
1950年(昭和25年)4月2日未明、北海道中川郡美深町の北海道拓殖銀行美深支店に賊が侵入し、支店長夫妻・行員夫妻・支店長の娘2人の計6人に麻酔薬とみられる薬品を注射して眠らせたうえ、刃物で頸動脈などを切断して殺害し、現金108万円を奪った事件。幼児を含む多数の犠牲者と、麻酔薬の使用や頸動脈の切断という冷酷な手口から、2年前に東京で12人が毒殺された帝銀事件になぞらえて「第2の帝銀事件」と呼ばれた。捜査線上には延べ3千人が浮かんだが真犯人は特定できず、1965年4月2日、事件発生から15年で公訴時効が成立し、未解決事件となった。
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十勝岳噴火(大正15年噴火)
1926年(大正15年)5月24日、北海道の十勝岳が噴火し、山頂の残雪が融けて発生した大規模な融雪型火山泥流が上富良野の市街地まで到達し、144人が死亡・行方不明となった。
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岩内沖合漁船遭難事件
1912年(明治45年)5月4日、北海道岩内町沖合でニシン漁の最中に暴風雨に見舞われ、出漁していた漁船100余隻が遭難し、136人が死亡した海難事故。
出典: https://jiken.jp/pref/hokkaido/(2026-09-15 取得)/ 事件JP