松島炭鉱ガス爆発事故

発生日 1949年11月27日(昭和24年)
経過 発生から76年8か月
発生場所 長崎県 西彼杵郡大島村(現・西海市)
種別 事故
状態 終結
被害 死者 9人  負傷者 21人
長崎県の松島炭鉱(大島鉱業所)で発生したガス・炭じん爆発事故。死者9人を出した。
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事故の経過

1949年(昭和24年)11月27日、長崎県西彼杵郡大島村(現・西海市)の松島炭鉱(大島鉱業所)で、ガスおよび炭じんの爆発事故が発生した。松島炭鉱は長崎県の離島に立地する炭鉱の一つで、周辺の島々とともに石炭産業で栄えた地域であった。爆発により坑内で作業していた坑夫が被災し、死者9人、重傷2人、軽傷19人の被害が出た。
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松島炭鉱と地域の産炭史

松島炭鉱では、この事故以外にも度重なる労働災害が記録されており、現地には犠牲者を悼む慰霊碑が建立されている。戦後復興期には全国的に石炭需要が急増し、増産体制が敷かれる一方で、保安設備や検査体制の整備が追いつかず、中小規模の炭鉱を含め各地でガス爆発事故が頻発した時期であった。本事故もそうした時代背景の中で起きた労働災害の一つである。

その後

松島炭鉱はその後も操業を続けたが、国内石炭産業の縮小に伴い、1960年代から70年代にかけて長崎県内の炭鉱は相次いで閉山した。地域では炭鉱の歴史を伝える資料の保存や慰霊が続けられている。

松島炭鉱の歩みと池島炭鉱

松島炭鉱は、もともと長崎県沖の松島で操業していたが、1934年の坑内出水事故で54人が死亡する惨事を受けて採掘を断念し、1935年に拠点を大島に移して操業を続けていた。本事故はその大島鉱業所で発生したものである。同社はその後、1952年から池島(長崎市)で海底炭田の開発に着手し、1959年から本格操業を開始した池島炭鉱は、良質な原料炭を産出する国内有数の炭鉱として知られたが、2001年11月、国内石炭政策の転換とともに閉山し、これが九州における坑内掘り炭鉱の終焉となった。

離島炭鉱という特殊性

長崎県は五島列島や天草灘周辺に多くの離島炭鉱を抱えており、輸送や保安体制の面で本土の炭鉱とは異なる困難を伴っていた。松島炭鉱大島鉱業所もそうした離島炭鉱の一つであり、本事故は、離島という地理的制約の中で救助や医療体制の確保が難しいという課題も浮き彫りにした。

炭鉱事故の記録

離島の炭鉱で発生した労働災害は、本土の事故に比べて記録や検証が十分に残されにくい傾向があり、本事故もその一つに数えられる。

経過

  1. 1949年11月27日
    昭和24年

    事件・事故 松島炭鉱でガス爆発が発生

    死者9人を出した。

出典・公的資料

一次資料 1件 判決文・白書・調査報告書・法令など、原典にあたれる資料を掲載しています。

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「松島炭鉱ガス爆発事故」事件データベース jiken.jp、2026年8月3日閲覧。https://jiken.jp/cases/1949-matsushima-coal-mine-explosion/

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