奥新冠ダム建設工事雪崩災害

発生日 1961年4月5日(昭和36年)
経過 発生から65年5か月
発生場所 北海道 沙流郡平取町・新冠郡新冠町
種別 災害
状態 終結
被害 死者 34人  負傷者 11人
1961年(昭和36年)4月5日未明、北海道日高地方の平取町振内と新冠村(現・新冠町)奥新冠で、北海道電力が進めていた日高電源一貫開発計画の一環である奥新冠ダム・発電所建設工事の作業員宿舎が相次いで表層雪崩に襲われた。前日までの高温と降雨で緩んだ積雪が崩落し、平取町側で12人、新冠側で22人、合わせて34人が死亡、11人が負傷した。北海道警察などの現場検証は「事前予知が到底困難な自然災害」と結論づけた。工事用道路の復旧や作業員の離散により工事の全面再開には時間を要し、後年、現場付近と発電所そばに慰霊碑が建立された。
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背景:日高電源一貫開発計画

北海道電力は1952年(昭和27年)より、日高山脈を水源とする沙流川・鵡川・新冠川・静内川の4水系を一体的に開発する日高電源一貫開発計画の調査を開始した。11か所の水力発電所とダムを建設し、合計67万キロワットの電力を生み出す大規模事業で、1956年の岩知志発電所(沙流川)を皮切りに順次着手された。新冠川最上流部に計画された奥新冠ダム・奥新冠発電所は、道路もない山岳地帯での工事となり、1960年(昭和35年)7月に工事用道路を含む本格工事に着手、1961年(昭和36年)からはダム本体・発電所本体の工事が始まった。計画全体の中でも最も難航し、労働災害による殉職者が最も多い現場となった。
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雪崩発生の経過

1961年4月5日未明、工事を担当していた作業員の宿舎が、沙流郡平取町振内と新冠郡新冠村(現・新冠町)奥新冠のプイラルベツ川取水設備工事現場付近の2か所で相次いで雪崩に襲われた。平取町側では宿舎3棟のうち1棟が全壊し12人が死亡、6人が負傷した。新冠側では宿舎2棟が全壊、1棟が半壊し22人が死亡、5人が負傷した。両地区を合わせて死者34人、負傷者11人という、日高電源一貫開発計画の中でも最大の犠牲を出す事故となった。

気象条件と雪崩発生の要因

日高山脈は豪雪地帯で、積雪は数メートルに達するのが通例だった。事故が起きた年は春先から気温の高い日が続き、雪崩の危険が高まっていたところへ、4月3日から大雨が降り積雪が一層緩んだ。新冠側の現場では4月5日午前5時45分ごろ、広範囲にわたる表層雪崩が発生し、作業員宿舎は一瞬で倒壊したと伝えられている。発生時刻が早朝であったため作業員の多くが宿舎で就寝中であり、避難する間もなく巻き込まれたことが被害を大きくした一因とみられる。

救助活動と現場検証

雪崩発生後、新冠町の消防団や、同じ日高電源一貫開発計画の他区間工事に従事していた建設会社の作業員などが現場に駆けつけ、救助活動にあたった。工事用道路も雪崩で埋没しており、復旧作業と並行しての救出となった。事故後、北海道警察と浦河労働基準監督署による合同の現場検証が行われ、「事前予知が到底困難な自然災害」との結論に至ったと伝えられている。工事用道路の復旧には約1か月を要し、事故を目の当たりにした労務者の離散も相次いだため、工事が完全に再開されるまでにはさらに時間を要したとされる。

工事再開とその後・死者数の記録差

奥新冠ダム・発電所の建設は1959年から1963年(昭和38年)までの工事期間中に自然災害が10回発生し、全工期の16〜25パーセントが災害復旧に費やされたと記録されている。ダムと発電所は1963年8月に完成し、この間の労働災害と雪崩災害による殉職者は計58人にのぼった。現在、発電所近くと雪崩事故現場付近にそれぞれ慰霊碑が設けられている。なお死者数については資料により差異があり、北海道新聞を出典とする雪崩災害データベースおよび北海道電力の社史は合計34人(平取町12人・新冠側22人、負傷11人)とする一方、災害史をまとめた事典類は新冠側22人・平取町側11人とし、合計33人とする記録も存在する。

経過

  1. 1961年4月5日
    昭和36年

    事件・事故 雪崩発生

    平取町振内と新冠村(現・新冠町)奥新冠プイラルベツ川付近の北海道電力発電工事現場の作業員宿舎が相次いで表層雪崩に襲われ、平取町側で12人、新冠側で22人、合計34人が死亡、11人が負傷した。

  2. 1963年8月
    昭和38年

    その他 奥新冠ダム・発電所が完成

    雪崩事故を含む工事期間中の相次ぐ自然災害を乗り越え、奥新冠ダムと奥新冠発電所が完成し運転を開始した。1959年から1963年までの工事期間中の労働災害・雪崩災害による殉職者は計58人に上った。

出典・公的資料

  • その他
    災害・復興科学研究所(新潟大学)
    平取町振内での雪崩発生(1961年4月5日5:00頃、日高管内平取町振内)、死者12人、負傷者6人、気象状況(春の強風と雨)を確認。原資料は北海道新聞。
  • その他
    災害・復興科学研究所(新潟大学)
    新冠村奥新冠プイラルベツ川付近での雪崩発生(1961年4月5日7:30頃)、死者22人、負傷者5人を確認。原資料は北海道新聞。
  • その他
    フリー百科事典 ウィキペディア(Wikipedia)
    奥新冠ダム・発電所建設工事の経緯、1961年4月5日の雪崩事故の詳細(死者34人・負傷11人、発生時刻5時45分頃、表層雪崩、4月3日からの大雨による積雪の緩み)、救助活動、北海道警察・浦河労基署による現場検証結果、工事再開までの経過、慰霊碑の設置を確認。出典として北海道電力社史『日高をひらく 電源開発の30年』(北海道電力、1988年)等を明記。
  • その他
    日本災害史事典 1868-2009
    日外アソシエーツ  2010年9月27日発行
    151頁に平取町(死者11人)・新冠町(死者22人)の雪崩被害を記載。雪崩災害データベース等の他資料とは平取町側の死者数が1人相違する(11人 対 12人)。

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「奥新冠ダム建設工事雪崩災害」事件JP、2026年9月8日閲覧。https://jiken.jp/cases/1961-hokkaido-avalanche-disaster/

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更新履歴

  • 2026年8月19日 初版公開

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