墨田区花火問屋爆発事故
| 発生日 | 1955年8月1日(昭和30年) 1955年(昭和30年)の事件 / 8月1日に起きた事件 |
|---|---|
| 経過 | 発生から71年2か月 |
| 発生場所 | 東京都 墨田区厩橋 |
| 種別 | 事故 |
| 状態 | 終結 |
| 被害 | 死者 18人 負傷者 80人 |
特集
炭鉱事故・産業災害
- 炭鉱事故・産業災害花火問屋の工場倉庫が爆発し、爆風は周辺の建物にも被害を及ぼした。住宅密集地における花火の保管・製造の危険性を浮き彫りにした。
1955年(昭和30年)8月1日、東京都墨田区厩橋で玩具用花火の卸問屋が経営する花火工場の倉庫が爆発し、18人が死亡、80人以上が重軽傷を負った。周辺の13棟385坪が全焼し、半径300メートル以内の建物にも窓ガラスや屋根瓦の被害が及んだ。
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事故の経過
1955年8月1日午後1時ごろ、東京都墨田区厩橋1丁目(現在の本所1丁目)にあった、玩具用花火の卸問屋が経営する花火工場の倉庫で爆発が発生した。倉庫に保管されていた花火に何らかの原因で火が入り、大規模な爆発・火災に発展したとみられる。爆発により18人が死亡(うち16人は即死)、80人以上が重軽傷を負った。負傷者は近隣の山田外科病院や駒形病院などに次々と搬送され、犠牲者の遺体は区内の源信寺に安置された。消火活動は爆発直後から続けられ、火災はその日の午後6時過ぎにほぼ鎮火した。
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被害の状況
爆風は凄まじく、爆発現場から半径300メートル以内の建物では窓ガラスが割れ、屋根瓦が飛散するなどの被害が出た。爆発の中心付近にあった花火保管庫のほか、メリヤス工場や日本大学旧工学部の金属加工技術研究所、鉄工場、洋服店、紙店、民家など13棟、あわせて385坪が全焼した。200メートル以上離れた民家で、飛んできた木材が屋根を突き破る被害もあった。
その後の影響
爆発があまりに激しかったため、犠牲者18人のうち4人の遺体は損傷が激しく、爆発現場から200メートル離れた場所で遺体の一部が見つかるほどだった。このため警察は犠牲者数の確認に手間取り、翌日の朝刊では犠牲者を一応16人と推定して発表したと報じられた。花火工場を中心とする一帯は、爆風と火災によって廃墟同然となった。翌8月2日には日本カーリットの工場でも爆発事故が起きており、火薬類を扱う施設での事故が相次いだ。
経過
-
1955年8月1日
昭和30年事件・事故 花火工場の倉庫で爆発
死者18人、負傷80人以上。
出典・参考資料
この事件については、判決文・調査報告書などの一次資料をまだ確認できていません。以下は報道・文献などの参考資料です(出典の方針)。
- その他
さらに調べるには
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「墨田区花火問屋爆発事故」事件JP、2026年10月31日閲覧。https://jiken.jp/cases/1955-sumida-fireworks-explosion/
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更新履歴
- 2026年9月28日 無関係な出典(2003年の別事故)を削除し、出典で確認できない店名・事故後の法規制への影響の記述を削除、被災施設名を訂正
- 2026年7月20日 初版公開
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