5月の事件・事故 日にちごとに掲載(発生した事件44件)
5月1日
-
水俣病
1956年(昭和31年)5月1日、熊本県水俣市のチッソ(当時は新日本窒素肥料)水俣工場附属病院の院長が、原因不明の神経疾患の患者が入院したことを水俣保健所に報告した。これが水俣病の「公式確認」である。原因は同工場の排水に含まれたメチル水銀化合物に汚染された魚介類で、政府が原因を認めたのは12年後の1968年だった。被害は不知火海沿岸に広がり、公害健康被害補償法による被認定者は熊本・鹿児島両県で2,284人(2026年1月末時点、環境白書の県別数値の合計)に上る。刑事裁判でチッソの元社長らの有罪が確定し、2004年には最高裁が国と熊本県の責任も認めた。
-
豊川市主婦殺人事件
2000年(平成12年)5月1日午後6時10分ごろ、愛知県豊川市の民家に高校3年の少年(当時17歳)が侵入し、主婦(64歳)を金づちや包丁で殺害した。帰宅した夫にも軽傷を負わせた。少年は「人を殺してみたかった」という趣旨の供述をし、同年12月26日、名古屋家庭裁判所は医療少年院送致を決定した。
5月2日
-
長崎国旗事件
1958年(昭和33年)5月2日、長崎市の浜屋百貨店4階で開かれていた日中友好協会長崎支部主催の中国切手・切り紙展覧会で、右翼団体に所属する28歳の男が会場に掲げられていた中華人民共和国国旗(五星紅旗)を引きずり降ろした。日本政府は中華人民共和国を国家承認していなかったため、外国国章損壊罪は適用されず、男は器物損壊の容疑で書類送検された後、軽犯罪法違反で科料500円の略式命令を受けた。中国側は日本政府の対応を強く批判し、5月9日に対日貿易の中止を声明、以後約2年半にわたり日中間の貿易が途絶えた。のちに公開された台湾側の外交文書により、在長崎の中華民国領事館と右翼団体の連絡が事件の背景にあったことが明らかになっている。
5月3日
-
赤報隊事件
1987年(昭和62年)5月3日夜、兵庫県西宮市の朝日新聞阪神支局に男が押し入り、散弾銃で記者2人を撃って1人を殺害、1人に重傷を負わせた事件を中心とする一連の事件。「赤報隊」を名乗る犯人による朝日新聞東京本社・名古屋本社寮への発砲、静岡支局での爆破未遂、リクルート前会長宅への発砲とあわせ、警察庁指定第116号事件とされた。言論機関を狙ったテロとして国会でも取り上げられたが、犯人は検挙されず、2003年3月までにすべての事件の公訴時効が成立した。
-
西鉄バスジャック事件
2000年(平成12年)5月3日午後、佐賀県内から出発した西日本鉄道の高速バスが、少年(当時17歳)に牛刀で乗っ取られ、九州自動車道から山陽自動車道を経て広島県内へ移動した。少年は乗客を切りつけ、乗客の女性1人を殺害し、ほかに4人に傷害を負わせた(法務省刑事局長の国会答弁)。翌4日未明、警察の突入により身柄を確保された。
5月4日
-
岩内沖合漁船遭難事件
1912年(明治45年)5月4日、北海道岩内町沖合でニシン漁の最中に暴風雨に見舞われ、出漁していた漁船100余隻が遭難し、136人が死亡した海難事故。
5月5日
-
新宿駅青酸ガス事件
1995年(平成7年)5月5日、東京都新宿区の地下鉄新宿駅構内で、オウム真理教信者が青酸ガス発生装置を仕掛けたテロ未遂事件。清掃作業員や通行人の会社員の適切な措置により、大きな被害には至らなかった。警察はシアン化ナトリウムと硫酸を用いた殺人未遂事件として捜査した。
5月6日
-
克美茂愛人殺害事件
1976年(昭和51年)5月、歌手の克美茂が交際していた女性を東京都港区のマンションで殺害し、遺体を羽田空港の駐車場に遺棄した事件。
-
磐越道マイクロバス事故
2026年5月6日朝、福島県郡山市の磐越自動車道上り線で、新潟県の私立高校の男子ソフトテニス部員20人を乗せたマイクロバスがガードレールなどに衝突し、生徒1人が死亡、多数が負傷した事故。バスは事業用の貸切バスではなく白ナンバーのレンタカーで、手配の経緯をめぐって学校と手配に関わったバス会社の説明が食い違っている。運転手の男は過失運転致死傷の疑いで逮捕され、鑑定留置が続いている。文部科学省と国土交通省は6月、部活動の遠征など学校の移動の安全確保策をまとめ、全国に通知した。
5月7日
-
山形一家3人殺傷事件
2006年(平成18年)5月7日未明、山形県西置賜郡飯豊町椿でカメラ店を営む一家の住宅に、近くに住む会社員の男(当時24歳)が刀を持って侵入し、父(当時60歳)と長男(当時27歳)を殺害し、母(当時54歳)に重傷を負わせた事件。一審の山形地裁は、男が子どものころ長男から受けたと認定した性的暴行が犯行に影響したことを否定できないとして、死刑の求刑に対し無期懲役を言い渡した。仙台高裁も2013年に検察・被告双方の控訴を棄却し、男は無期懲役の刑に服している。重傷を負った母はのちに警察庁の講演会で、裁判への思いや民事の賠償がほとんど支払われていない現状を語った。
-
舞鶴高1女子殺害事件
2008年(平成20年)5月、京都府舞鶴市で高校1年の女子生徒が行方不明になった後、遺体で発見された事件。1審は無期懲役としたが、控訴審で逆転無罪となり、2014年に最高裁で無罪が確定した。
-
新潟小2女児殺害事件
2018年(平成30年)5月7日、新潟市西区で、下校途中の小学2年の女児(当時7歳)が近所に住む会社員の男(当時23)に連れ去られて殺害され、遺体がJR越後線の線路に置かれた事件。男は殺人や強制わいせつ致死など7つの罪で起訴された。新潟地裁の裁判員裁判は死刑の求刑に対し、計画性がないことなどから無期懲役を言い渡し、東京高裁も支持した。2023年12月に最高裁が上告を棄却し、無期懲役が確定した。事件を受けて政府は同年6月に「登下校防犯プラン」を決め、通学路の見守りの強化を進めた。
5月8日
-
イタイイタイ病
1968年(昭和43年)5月8日、厚生省は「イタイイタイ病の本態はカドミウムの慢性中毒による骨軟化症である」とする見解を発表し、日本で最初に公害病と認定された疾病となった。富山県の神通川下流域で大正期から発生していた原因不明の病で、患者は骨がもろくなって激痛を訴えた。原因は上流の三井金属鉱業神岡鉱業所(岐阜県)が排出したカドミウムで、汚染された川水と米を通じて住民の体内に取り込まれていた。1971年の富山地方裁判所判決、翌年の名古屋高等裁判所金沢支部判決はいずれも住民側の主張を認め、四大公害裁判のひとつとして公害行政を大きく動かした。
-
東山事件
1977年(昭和52年)5月8日、新東京国際空港(成田空港)の建設に反対する運動の支援者が、機動隊との衝突の際に催涙ガス弾の直撃を受け、2日後に死亡した事件。
5月9日
-
メイストーム海難事故
1954年(昭和29年)5月9日から10日にかけて急速に発達した低気圧により北海道近海で暴風が発生し、サケ・マス漁の漁船が多数遭難、361人が死亡・行方不明となった海難事故。
5月10日
-
浜一中大福餅事件
1936年(昭和11年)5月10日、静岡県立浜松第一中学校(現・浜松北高等学校)で行われた運動会終了後、地元の菓子店「三好野」が製造した大福餅が生徒・教職員とその家族に配布された。その夜から高熱・腹痛・下痢を訴える者が続出し、罹患者は2,000名を超え、44名(諸説あり)が死亡する日本の食中毒史上最悪規模の集団食中毒事件となった。陸軍軍医学校の調査により、原因は大福餅の餡に混入していたゲルトネル菌(サルモネラ菌の一種)と断定された。三好野の店内はネズミが横行する劣悪な衛生環境にあり、餡を製造後3昼夜にわたり放置していたことが感染源とみられている。刑事責任の追及は最終的に立件に至らず、事件は静岡県・浜松市の医療衛生史に刻まれる悲劇として語り継がれている。
-
Winny事件
2004年(平成16年)5月10日、ファイル共有ソフト「Winny」の開発者だった東京大学大学院助手の男性が、著作権法違反(公衆送信権侵害)のほう助容疑で京都府警察に逮捕された。同月31日に起訴され、2006年12月の一審・京都地方裁判所は罰金150万円の有罪判決を言い渡したが、2009年10月の二審・大阪高等裁判所はこれを破棄して無罪を言い渡し、2011年12月19日、最高裁判所が検察側の上告を棄却して無罪が確定した。
5月11日
-
大津事件
1891年(明治24年)5月11日、日本を訪問中のロシア帝国皇太子ニコライが、滋賀県大津町で警備の巡査に切りつけられ負傷した事件。司法権の独立をめぐる近代日本法学史上の重要な先例となった。
-
紫雲丸事故
1955年(昭和30年)5月11日午前6時56分、濃霧に包まれた香川県高松港沖で、日本国有鉄道の宇高連絡船「紫雲丸」と貨車運航船「第三宇高丸」が衝突し、紫雲丸が沈没して乗客乗員168人が死亡・行方不明となった。犠牲者のうち108人は4つの小中学校の修学旅行の一行で、児童・生徒だけで100人を数えた。前年の洞爺丸事故に続く国鉄連絡船の大惨事として社会に衝撃を与え、高等海難審判庁は両船船長の職務上の過失を認定。濃霧による欠航の多発は、のちの瀬戸大橋建設の機運を高める一因ともなった。
5月12日
-
瀬戸内シージャック事件
1970年(昭和45年)5月12日、広島港に停泊中の旅客船がライフル銃を持った男に乗っ取られ、乗客・乗員が人質となった事件。船は瀬戸内海を航行した末、翌日、投降を拒んだ男が警察官に射殺されて終結した。
5月13日
-
千日デパート火災
1972年(昭和47年)5月13日夜、大阪市南区(現・中央区千日前)の千日デパートビル3階から出火し、煙が流れ込んだ7階のアルバイトサロン「プレイタウン」を中心に118人が死亡、81人が負傷した。戦後日本のビル火災として最悪の惨事。出火原因は特定されず、逮捕された工事監督は不起訴となったが、防火管理の責任を問われたデパートの管理課長ら3人の有罪が1990年に確定した。この火災を契機に、雑居ビルの防火・避難対策に関する法整備が進んだ。
5月14日
-
信楽高原鐵道列車衝突事故
1991年(平成3年)5月14日午前10時35分ごろ、滋賀県甲賀郡信楽町(現・甲賀市)の信楽高原鐵道信楽線で、上り普通列車と下り臨時快速列車が正面衝突し、42人が死亡、628人が負傷した。信号トラブルの際の代用閉塞方式の運用の誤りが原因とされ、関係者が業務上過失致死傷罪で有罪となった。
-
山梨キャンプ場殺人事件
2000年(平成12年)5月14日、山梨県都留市で、作業員を工事現場に派遣する会社を経営していた男らが、雇っていた男性2人(当時51歳・50歳)をキャンプ場に連れて行き、車内で首を絞めて殺害した事件。男は1997年にも雇っていた身元不詳の男性を木刀で殴って死亡させていた。2003年10月、キャンプ場の土中から3人の遺体が見つかって発覚した。男は殺人を否認したが、甲府地裁は2006年に死刑を言い渡し、東京高裁も支持。最高裁は結審後に弁論を再開して共犯者の陳述書を調べる異例の審理を経て、2012年12月に上告を棄却した。男は2020年、東京拘置所で病死した。
-
上三川強盗殺人事件
2026年(令和8年)5月14日、栃木県河内郡上三川町の民家に押し入った少年らが住人を襲い、69歳の女性が死亡、同居の息子2人が負傷した事件。実行役は「闇バイト」で集められた犯行当時16歳の少年4人で、事件当日に初めて顔を合わせた者もいた。少年らにアプリの通話で指示を出していたとされる20代の夫婦は強盗殺人などの罪で起訴され、実行役の少年4人も家庭裁判所から検察官送致(逆送)されて全員が起訴された。主導役とみられる男は国外に出国したとみられ、国際手配されている。
5月15日
-
五・一五事件
1932年(昭和7年)5月15日、海軍青年将校らが陸軍士官学校生徒らとともに首相官邸・警視庁・日本銀行などを襲撃し、内閣総理大臣・犬養毅を殺害したクーデター未遂事件。実行犯らは軍法会議・一般裁判で裁かれたが軍人には比較的軽い刑が科され、世論の同情も相まって政党政治への不信が広がった。この事件を最後に戦前の政党内閣は途絶え、軍部主導の政治体制への転換点となった。
5月16日
-
雅樹ちゃん誘拐殺人事件
1960年(昭和35年)5月16日、東京都世田谷区で小学2年の男児(当時7歳)が誘拐され、身代金が要求されたが、犯人は都内の自宅で男児を殺害していた。犯人は同年7月17日に大阪府内で身柄を確保され、1961年3月31日に死刑判決を受け、1967年5月25日に最高裁で確定、1970年10月29日に執行された。本事件を契機に、誘拐事件の報道のあり方をめぐる議論が始まった。
5月17日
-
長久手発砲立てこもり事件
2007年(平成19年)5月17日、愛知県長久手町の民家で、男が元妻を人質に立てこもり拳銃を発砲した事件。救出作戦中に警察の特殊部隊隊員が撃たれ、翌18日に死亡した。男は殺人罪などに問われ、2011年3月に無期懲役が確定した。
5月18日
-
阿部定事件
1936年(昭和11年)5月18日、東京市荒川区(現・東京都荒川区)の待合で、阿部定が交際相手の男性を殺害し、遺体の一部を切断して所持したまま逃走した事件。
5月19日
-
大原劇場火災
1951年(昭和26年)5月19日午後2時50分ごろ、北海道厚岸郡浜中村(現・浜中町)の茶内市街にあった映画館「大原劇場」で火災が発生した。上映中のフィルムから映写室内で出火し、火元の映写室が出入口の近くにあったうえ、非常口にかんぬきがかけられていたため、多くの観客が避難できなかった。小・中学生ら39人を含む42人が死亡する惨事となった。
5月20日
-
泉南郡熊取町小4女児誘拐事件
2003年(平成15年)5月20日午後、大阪府泉南郡熊取町で、下校途中の小学4年生の女児(当時9歳)が行方不明になった。大阪府警は未成年者略取誘拐事件として捜査を続けているが、2026年現在も所在は確認されておらず、長期未解決事件となっている。捜査特別報奨金制度による情報提供の呼びかけが続けられている。
5月21日
-
津山三十人殺し
1938年(昭和13年)5月21日未明、岡山県苫田郡の集落で、男が猟銃や刀を使って11軒の民家を襲い、30人を殺害した後に自殺した事件。日本の犯罪史上最悪級の単独犯による大量殺人事件とされる。
5月22日
-
伊丹十三監督刺傷事件
1992年(平成4年)5月22日、映画監督の伊丹十三が、映画『ミンボーの女』の公開を機に、暴力団関係者とみられる男らに自宅前で切りつけられ重傷を負った事件。
-
湖東記念病院事件
2003年5月22日、滋賀県愛知郡湖東町(現在の東近江市)の湖東記念病院で、人工呼吸器を付けていた入院患者の男性(当時72歳)が死亡し、看護助手の女性が人工呼吸器の管を外して殺害したと自白して、懲役12年の判決が確定した冤罪事件。女性は刑期を終えた後の2020年3月31日、大津地裁の再審で無罪となった。判決は、取調べた警察官が女性の迎合的な傾向や自分への恋愛感情を利用したとして自白を証拠から排除し、男性が致死性不整脈など他の原因で死亡した具体的な可能性を認め、事件性すら証明されていないとした。
5月23日
-
長岡京ワラビ採り殺人事件
1979年(昭和54年)5月23日、京都府長岡京市内のスーパーマーケットでパート勤務していた主婦2人が、仕事の後に近くの山の竹林へワラビ採りに向かったまま行方不明となった。2日後の5月25日、山中で2人の遺体が発見された。1人は絞殺、もう1人は刺殺されており、いずれも全身に多数の殴打痕が残る凄惨な犯行だった。被害者の1人が身につけていたレシートの裏には、鉛筆で「オワレている たすけて下さい この男の人わるい人」と走り書きされており、犯行直前まで抵抗していたことをうかがわせた。京都府警察は複数の重要参考人を捜査したが犯人の特定に至らず、1994年5月24日に公訴時効が成立し、事件は未解決のまま今日に至っている。
5月24日
-
十勝岳噴火(大正15年噴火)
1926年(大正15年)5月24日、北海道の十勝岳が噴火し、山頂の残雪が融けて発生した大規模な融雪型火山泥流が上富良野の市街地まで到達し、144人が死亡・行方不明となった。
5月25日
-
板橋区資産家夫婦放火殺人事件
2009年(平成21年)5月25日、東京都板橋区の民家で、不動産賃貸業を営む資産家の夫婦が殺害され、放火された事件。現金が現場に残されていたことなどから、面識のある人物による犯行の可能性が指摘されているが、未解決のまま捜査が続いている。
-
中野市4人殺害事件
2023年5月25日夕、長野県中野市江部で、近くに住む女性2人がナイフで刺されて殺害され、通報を受けて駆け付けた中野警察署の警察官2人もハーフライフル銃で撃たれるなどして殺害された事件。男は自宅に立てこもり、翌朝に投降して逮捕された。長野地裁は2025年10月、完全責任能力を認めて死刑を言い渡し、弁護側が控訴した。事件は、ハーフライフル銃の所持許可を厳しくした2024年の銃刀法改正の理由の一つになった
5月26日
-
日本海中部地震
1983年(昭和58年)5月26日正午前、秋田県沖合の日本海を震源とするマグニチュード7.7の地震が発生した。地震とその後の津波により、秋田県・青森県を中心に104人が死亡(うち100人が津波によるもの)、324人が負傷した。遠足中だった秋田県の小学生ら13人が津波の犠牲になったことでも知られる。
5月27日
-
神戸連続児童殺傷事件
1997年(平成9年)2月から5月にかけて、神戸市須磨区で中学3年の少年(当時14歳)が小学生5人を相次いで襲い、2人が死亡、2人が負傷した事件。5月27日早朝には殺害された男児(11歳)の頭部が少年の通う中学校の正門に遺棄され、「酒鬼薔薇聖斗」を名乗る犯行声明が添えられていた。少年は同年6月28日に逮捕され、神戸家庭裁判所は同年10月13日、医療少年院送致を決定した。事件は2000年の少年法改正(刑事処分可能年齢の引き下げ)をめぐる議論に大きな影響を与えた。
5月28日
-
川崎市登戸通り魔事件
2019年(令和元年)5月28日朝、神奈川県川崎市多摩区登戸新町の路上で、私立小学校のスクールバスを待っていた児童や保護者らが、刃物を持った男(51歳)に次々と刺され、小学6年の女児(11歳)と保護者の男性(39歳)が死亡、18人が負傷した。男は現場で自殺し、動機の解明に至らないまま事件は終結した。
5月29日
-
白銀大火
1961年(昭和36年)5月29日夜、青森県八戸市白銀町で放火により出火した火災が、台風から変わった低気圧による強風にあおられて燃え広がり、707戸を全焼させた大火。火災による死者はなかった。後に24歳の男が現住建造物放火の罪で起訴された。
5月30日
-
人民広場事件
1950年(昭和25年)5月30日、占領下の東京・皇居前広場で開かれた「人民大会」の際に起きた、占領軍兵士への暴行事件。進駐軍が検挙した8人は占領軍の軍事裁判にかけられた。事件後、総司令部(GHQ)の指示により警視総監は6月2日から都内の集会・デモ行進を全面的に制限し、同様の措置は国家地方警察を通じて全国に広がった。政府は翌1951年、この事件を動機として国民公園管理規則を改正し、皇居前広場での政治的・宗教的な目的の集会を許可しないこととした。事件は1951年のメーデーの会場使用が許可されなかった大きな理由ともされた。国会では「五月三十日事件」とも呼ばれた。
-
薬害エイズ事件
1980年代、外国で採取された血液を原料とする非加熱の血液凝固因子製剤によって、血友病の患者らがエイズの原因となるHIV(ヒト免疫不全ウイルス)に感染した薬害事件。1985年(昭和60年)5月30日、厚生省の委員会が血友病患者3人をエイズ患者と認定した。凝固因子製剤による感染者は1,440人(2024年5月31日現在の全国調査)。国と製薬会社5社を相手にしたHIV訴訟は1996年3月29日に和解が成立し、厚生大臣は国の責任を認めて謝罪した。刑事裁判では元厚生省生物製剤課長の有罪が最高裁で確定し、事件は薬事法の改正や「誓いの碑」の建立につながった。
5月31日
-
三春町ひき逃げ殺人事件
2020年(令和2年)5月31日午前7時55分ごろ、福島県三春町山田の国道288号で、清掃ボランティアに参加していた町内の男性(当時55)と女性(当時52)が、盗んだトラックを運転する男にはねられて死亡した事件。男は刑務所を出所した2日後で、刑務所に戻りたいと考えて犯行に及んだと判決は認定した。当初はひき逃げの容疑で逮捕されたが、福島地検郡山支部は殺人罪で起訴した。一審の裁判員裁判は死刑としたが、二審の仙台高裁が無期懲役に改め、2024年に最高裁が検察の上告を棄却して無期懲役が確定した。
5月の事件一覧をPDFで持ち出す
このページの44件を、一覧表・要約・出典つきでまとめたPDFです。 出典を表示すれば授業・研究・報道にそのまま使えます(CC BY 4.0)。
出典: https://jiken.jp/date/05/(2026-10-30 取得)/ 事件JP