伊丹十三監督刺傷事件 通称: 伊丹十三襲撃事件
| 発生日 | 1992年5月22日(平成4年) |
|---|---|
| 経過 | 発生から34年3か月 1992年1月1日の確定から34年8か月 |
| 発生場所 | 東京都 麻布(伊丹十三の自宅前) |
| 種別 | 殺人 |
| 状態 | 判決確定 |
| 被害 | 死者 0人 負傷者 1人 |
特集
事件が変えた法律・制度
1992年(平成4年)5月22日、映画監督の伊丹十三が、映画『ミンボーの女』の公開を機に、暴力団関係者とみられる男らに自宅前で切りつけられ重傷を負った事件。
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事件の経過
映画監督の伊丹十三は、暴力団を題材にした映画『ミンボーの女』を1992年5月に公開した。同作は、企業への因縁をつける暴力団関係者に、市民が知恵と勇気で立ち向かう内容で、従来の日本映画に多かった暴力団を美化する描写とは一線を画していた。公開から1週間後の5月22日、伊丹は自宅前で男ら5人組に襲われ、顔や両腕を刃物で切りつけられる重傷を負った。
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事件後の対応
伊丹は3か月の療養を要する重傷を負いながらも、事件直後の取材にピースサインで応じ、「これしきのことで負けるわけにはいかない」といった趣旨の発言をして、映画製作への意欲を示した。警察の捜査により、実行犯らは指定暴力団山口組系後藤組の関係者と特定された。
裁判とその後の影響
逮捕された実行犯5人は、それぞれ懲役4年から6年の判決を受けた。伊丹はその後も右翼団体を名乗る者から嫌がらせを受けるなど、身辺警護が必要な状態が続いた。この事件を題材に、伊丹は後年、企業に対する不当要求への対応を描いた映画『マルサの女』シリーズに連なる作品を手がけており、表現の自由と暴力団による威嚇という問題を社会に強く印象づけた事件として記憶されている。
映画界・言論界への衝撃
著名な映画監督が暴力団関係者とみられる者に白昼堂々襲われたこの事件は、映画界のみならず言論・表現の自由をめぐる議論にも大きな衝撃を与えた。企業や個人が反社会的勢力による不当要求にどう向き合うべきかという問題を、社会に強く問いかける事件となった。
その後の伊丹十三
伊丹は事件後も精力的に映画製作を続け、社会派コメディの旗手として活躍を続けた。1997年には自身が経験した嫌がらせや脅迫を題材にした映画『マルタイの女』を発表し、暴力による表現への圧力に屈しない姿勢を作品を通じて示し続けた。
暴力団対策法制への影響
この事件を含む一連の企業対象暴力事件は、1992年施行の暴力団対策法(暴対法)の必要性を社会に強く印象づける出来事の一つとなった。映画人が実名で暴力団の不当要求を告発した意義は大きく、その後の反社会的勢力排除の機運を高めた。
経過
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1992年
平成4年判決 実行犯5人に懲役4年から6年の判決が確定
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1992年5月22日
平成4年事件・事故 伊丹十三監督が自宅前で切りつけられる
出典・公的資料
- その他
- その他
関連する法律用語
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レポート・記事などで本ページを参照する際は、以下の表記をご利用ください。
「伊丹十三監督刺傷事件」事件JP、2026年9月8日閲覧。https://jiken.jp/cases/1992-itami-juzo-stabbing-attack/
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