十勝岳噴火(大正15年噴火)

発生日 1926年5月24日(大正15年)
経過 発生から100年3か月
発生場所 北海道 上川郡上富良野町ほか
種別 災害
状態 終結
被害 死者 144人
1926年(大正15年)5月24日、北海道の十勝岳が噴火し、山頂の残雪が融けて発生した大規模な融雪型火山泥流が上富良野の市街地まで到達し、144人が死亡・行方不明となった。
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噴火の経過

1926年5月24日正午ごろ、北海道の十勝岳グラウンド火口付近で水蒸気噴火が発生し、小規模な泥流が生じた。その約4時間後の午後4時18分、より大規模な水蒸気噴火が起こり、中央火口丘の一部が崩壊した。崩壊にともなう高速の岩屑なだれが山頂付近の残雪を巻き込んで融かし、大規模な融雪型火山泥流(火山泥流)が発生した。
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泥流による被害

泥流は美瑛川・富良野川沿いに流れ下る過程で周辺の土砂や樹木を巻き込みながら規模を増し、噴火からわずか約25分後には、山麓から約25キロメートル離れた上富良野の市街地に到達した。突然の泥流により、集落や耕作地が飲み込まれ、144人が死亡・行方不明となる大惨事となった。

災害の記憶と教訓

この災害は、作家・三浦綾子の小説『泥流地帯』(1977年)の題材となり、融雪型火山泥流の恐ろしさを広く後世に伝える契機となった。この噴火を教訓に、その後の火山防災研究では、積雪期・残雪期の火山噴火に伴う泥流の危険性が重要な検討課題とされ、上富良野町では現在も慰霊碑の前で毎年追悼行事が営まれている。

大正期の火山災害としての位置づけ

十勝岳の1926年噴火は、死者・行方不明者144人という被害の大きさから、大正時代の日本における代表的な火山災害の一つに数えられている。融雪型火山泥流は噴火規模自体が小さくても壊滅的な被害をもたらしうることを示した典型例として、火山学の分野でも重要視されている。

復興と防災体制

被災した上富良野町では、住民の献身的な努力により農地や集落の復興が進められた。その後の十勝岳では観測体制が強化され、噴火警戒レベルの運用など、火山防災の知見の蓄積につながっている。

『泥流地帯』が伝える被災の実相

三浦綾子は現地取材を重ねてこの作品を執筆し、災害からの復興に向き合う農民たちの姿を描いたことで、災害の記憶を広く一般に伝える役割を果たした。

十勝岳の火山活動とその後

十勝岳はその後も1962年や1988年から1989年にかけて噴火を繰り返しており、活火山として現在も気象庁による24時間の観測体制が敷かれている。1926年の噴火の教訓は、現在の噴火警戒レベル運用の原点の一つとなっている。

経過

  1. 1926年5月24日
    大正15年

    事件・事故 十勝岳が噴火し融雪型火山泥流が発生

    144人が死亡・行方不明となった。

出典・公的資料

  • その他
    フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
    噴火の経過・被害規模を確認
  • その他
    フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
    災害を題材とした文学作品としての位置づけを確認

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「十勝岳噴火(大正15年噴火)」事件JP、2026年9月8日閲覧。https://jiken.jp/cases/1926-tokachidake-eruption/

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