神戸連続児童殺傷事件 通称: 酒鬼薔薇事件

発生日 1997年5月27日(平成9年)
経過 発生から29年2か月
発生場所 兵庫県 神戸市須磨区(友が丘中学校ほか)
種別 殺人
状態 判決確定
被害 死者 2人  負傷者 3人
1997年(平成9年)2月から5月にかけて、神戸市須磨区で中学3年の少年(当時14歳)による児童連続殺傷事件が発生した。5月27日未明には殺害した男児(11歳)の遺体の一部が中学校正門に遺棄され、「酒鬼薔薇聖斗」を名乗る犯行声明が添えられていた。少年は同年6月28日に逮捕され、神戸家庭裁判所は同年10月13日、医療少年院送致を決定した。

事件の経過

1997年2月10日、神戸市須磨区で小学6年の女児2人がハンマー等で襲われ負傷する事件が発生した。同年3月16日には、別の小学生女児2人が襲われ、1人が全治2週間の傷害を負い、殴打された1人は3月23日に脳損傷により死亡した。同年5月24日、地元の小学6年生の男児(11歳)が行方不明になり、翌25日には遺体が発見されて遺体の一部が切断される事態となった。5月27日未明、切断された遺体の一部が、神戸市立友が丘中学校の正門に置かれているのが通行人によって発見された。現場には「さあゲームの始まりです」で始まる犯行声明文が添えられており、末尾には「酒鬼薔薇聖斗」という署名があった。この劇場型の犯行声明は社会に強い衝撃を与え、事件は「酒鬼薔薇事件」とも呼ばれるようになった。

逮捕と裁判の経過

兵庫県警は同年6月28日、任意同行して事情聴取していた友が丘中学校3年生の男子生徒(当時14歳)から犯行を自供する供述を得て、殺人・死体遺棄容疑で逮捕した。少年は2月・3月の一連の事件についても関与を認め、7月25日に家庭裁判所に送致された。神戸家庭裁判所は同年10月13日、精神鑑定の結果等を踏まえ、少年を医療少年院送致とする保護処分を決定し、少年は関東医療少年院に移された。関東地方更生保護委員会は、約6年半にわたる矯正教育により「事件の要因となった性的サディズム等は改善され、再犯のおそれはなくなった」と判断し、逮捕から約6年9か月後の2004年3月10日、少年の仮退院を認めた。翌2005年1月1日には保護観察期間も満了し、本退院となった。

社会への影響

当時14歳という加害少年の年齢と、劇場型の犯行声明を伴う残虐な犯行内容とのギャップは、少年犯罪や少年法のあり方をめぐる議論を全国的に喚起した。特に、加害少年の実名や顔写真を掲載した一部週刊誌の報道は、少年の更生と実名報道のあり方について激しい論争を引き起こした。この事件は、2000年前後に相次いだ少年による凶悪事件の先駆けとして位置づけられ、その後の少年法改正の議論にも影響を与えたとされる。事件から四半世紀以上が経過した後も、被害者遺族への配慮や記録の管理のあり方が繰り返し議論の対象となっている。

審理・経過の流れ

  1. 事件・事故 1997年2月10日
  2. 事件・事故 1997年3月16日 +34日
  3. 事件・事故 1997年5月24日 +69日
  4. 逮捕 1997年6月28日 +35日

経過

  1. 1997年2月10日
    平成9年

    事件・事故 小学生女児2人が襲われ負傷

  2. 1997年3月16日
    平成9年

    事件・事故 小学生女児2人が襲われ1人死亡

    1人は3月23日に死亡。

  3. 1997年5月24日
    平成9年

    事件・事故 男児が行方不明になり殺害される

    5月27日未明、遺体の一部が中学校正門で発見。

  4. 1997年6月28日
    平成9年

    逮捕 少年を殺人・死体遺棄容疑で逮捕

  5. 1997年10月13日
    平成9年

    その他 神戸家庭裁判所が医療少年院送致を決定

    神戸家庭裁判所

出典・公的資料

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「神戸連続児童殺傷事件」事件データベース jiken.jp、2026年7月29日閲覧。https://jiken.jp/cases/1997-kobe-child-murders/

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更新履歴

  • 2026年7月17日 初版公開

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