長岡京ワラビ採り殺人事件
現在 1994年5月、犯人が特定されないまま公訴時効が成立し、未解決のまま
| 発生日 | 1979年5月23日(昭和54年) 〜 1979年5月25日 1979年(昭和54年)の事件 / 5月23日に起きた事件 |
|---|---|
| 経過 | 発生から47年5か月 |
| 発生場所 | 京都府 長岡京市 |
| 種別 | 殺人 |
| 状態 | 未解決 公訴時効早見表で制度を確認できます |
| 被害 | 死者 2人 |
特集
未解決のまま残る事件
- 未解決のまま残る事件白昼の山中でパート勤務の主婦2人が殺害され、被害者の遺留品に「この男の人わるい人」との走り書きが残されたが、犯人の特定に至らないまま1994年に公訴時効が成立した。
1979年(昭和54年)5月23日、京都府長岡京市内のスーパーマーケットでパート勤務していた主婦2人が、仕事の後に近くの山の竹林へワラビ採りに向かったまま行方不明となった。2日後の5月25日、山中で2人の遺体が発見された。1人は絞殺、もう1人は刺殺されており、いずれも全身に多数の殴打痕が残る凄惨な犯行だった。被害者の1人が身につけていたレシートの裏には、鉛筆で「オワレている たすけて下さい この男の人わるい人」と走り書きされており、犯行直前まで抵抗していたことをうかがわせた。京都府警察は複数の重要参考人を捜査したが犯人の特定に至らず、1994年5月24日に公訴時効が成立し、事件は未解決のまま今日に至っている。
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事件の発生
1979年5月23日、京都府長岡京市内のスーパーマーケットでパート勤務していた主婦2人(当時43歳と32歳)が、仕事を終えた後、近くの山の竹林へワラビ採りに向かったまま消息を絶った。2日後の5月25日、山頂付近で2人の遺体が発見された。2人のリュックには空の弁当箱や採ったワラビ、財布が入ったままで、金品を奪われた形跡はなかった。
現場は地元の人がピクニックを兼ねて山菜採りに訪れる場所だったが、木や竹が生い茂って昼間でも薄暗い所が多かった。
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被害の実態
検視の結果、43歳の主婦は絞殺され、全身30箇所以上に殴打された痕があり、肋骨の骨折や肝臓の破裂が確認された。32歳の主婦は刺殺されており、全身50箇所以上の殴打痕とともに、包丁が体に刺さったままの状態で発見された。死亡推定時刻はいずれも当日の正午過ぎから午後2時半ごろまでとされた。43歳の主婦の体内からは犯人のものとみられる体液が検出され、鑑定の結果、犯人の血液型はO型と判定された。
遺留品が語る最後の抵抗
43歳の主婦の衣服のポケットからは、勤務先のスーパーのレシート(日付は事件の2日前)が見つかった。レシートの裏には鉛筆で「オワレている たすけて下さい この男の人わるい人」との走り書きが残されていた。2人の荷物や衣服から鉛筆は見つからず、後日の捜索で、殺害現場から少し離れた場所で鉛筆の芯の先端だけが発見された。この走り書きは、被害者が襲われる中で助けを求めようとしていたことを示す遺留品として知られている。
捜査の展開と重要参考人
京都府警察は複数の人物を重要参考人として捜査した。犯行時間帯に現場付近を駆け足で下山していたとの目撃証言があった市内の少年は重要参考人とされたが、事件当日は一日中別の場所にいたことが判明した。事件の1週間前、入山していた主婦に声をかけたとされる身元不明の中年男性については似顔絵が作成されたが、身元の特定には至らなかった。また、事件当日の昼過ぎに現場付近で目撃された地元の建設作業員2人(うち1人は空手経験者)についても、事件翌日から仕事に精を出すなど不審な行動があったとして捜査対象となったが、いずれも立件には至らなかった。凶器の包丁からは指紋が検出されず、販売ルートの特定もできなかった。
時効成立
有力な物証や目撃証言が得られないまま捜査は長期化し、1994年5月24日、事件発生から15年が経過したことにより刑事訴訟法上の公訴時効が成立した。これにより、犯人が特定されたとしても刑事責任を問うことができなくなり、事件は法的に未解決のまま終結した。
公訴時効制度をめぐるその後の議論
本事件が時効を迎えた後の2010年、殺人など法定刑に死刑を含む重大犯罪について公訴時効を廃止する改正刑事訴訟法が成立し、即日施行された。この改正は、世田谷一家殺害事件の遺族らが結成した「殺人事件被害者遺族の会」などが公訴時効の撤廃を訴え続けたことが大きな契機となっている。もっとも改正法が遡って適用されるのは、施行日(2010年4月27日)の時点でまだ時効が完成していなかった事件に限られる。長岡京ワラビ採り殺人事件は1994年5月24日にすでに公訴時効が成立していたため、この法改正の対象にはならず、犯人が特定されても刑事責任を問うことができない状態が今も続いている。
事件が残した謎
長岡京ワラビ採り殺人事件は、白昼の山中で2人が殺害されながら、遺留品が包丁1本とわずかな痕跡にとどまり、犯人像を絞り込む決め手を欠いたまま時効を迎えた。被害者が残した走り書きの「この男の人」が誰を指すのかも含めて、事件の全容は今も明らかになっていない。
経過
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1979年5月23日
昭和54年事件・事故 主婦2人がワラビ採りに向かい行方不明に
長岡京市内のスーパーでパート勤務していた主婦2人が、仕事の後に近くの山の竹林へワラビ採りに向かったまま行方不明になった。
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1979年5月25日
昭和54年その他 山中で2人の遺体を発見
山頂付近の竹林で、行方不明になっていた主婦2人の遺体が発見された。1人は絞殺、もう1人は刺殺されていた。
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1994年5月24日
平成6年その他 公訴時効が成立
事件発生から15年が経過し、刑事訴訟法上の公訴時効が成立した。事件は犯人不明のまま法的に終結した。
出典・公的資料
一次資料 1件 判決文・白書・調査報告書・法令など、原典にあたれる資料を掲載しています。
- その他
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その他
(長岡京市山中での主婦2人殺害事件を報じた記事)京都新聞 1979年5月26日発行Wikipedia「長岡京ワラビ採り殺人事件」記事が出典として引用する当時の朝刊記事。当会では原紙面を直接確認していないため、Wikipedia経由での参照であることを付記する
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調査報告書
国立国会図書館調査及び立法考査局 2010年4月22日発行 ISSUE BRIEF 6792010年の法改正前(政府案の段階)に、殺人等の公訴時効廃止の内容と、進行中の事件への遡及適用をめぐる論点を整理した資料。
さらに調べるには
- 国立国会図書館サーチこの事件を扱った書籍・雑誌記事を探す
- CiNii Research論文・判例研究を探す
- 裁判所 裁判例検索判決文を探す(公開されている判決のみ)
- 国会会議録検索システム国会でこの事件がどう議論されたかを調べる
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関連する法律用語
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「長岡京ワラビ採り殺人事件」事件JP、2026年10月27日閲覧。https://jiken.jp/cases/1979-nagaokakyo-warabi-murder/
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更新履歴
- 2026年9月29日 事実精度監査:出典で確認できない記述(現場の最寄り駅、被害者の関係、走り書きの解釈など)を削除し、遺留品と重要参考人の記述を出典に合わせて修正
- 2026年8月20日 初版公開
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