メイストーム海難事故

発生日 1954年5月9日(昭和29年) 〜 1954年5月10日 1954年(昭和29年)の事件 / 5月9日に起きた事件
経過 発生から72年5か月
発生場所 北海道 北海道近海(日本海・オホーツク海)
種別 災害
状態 終結
被害 死者 361人
1954年(昭和29年)5月9日から10日にかけて急速に発達した低気圧により北海道近海で暴風が発生し、サケ・マス漁の漁船が多数遭難、361人が死亡・行方不明となった海難事故。
メイストーム海難事故を象徴する概念イラスト
※イメージ画像(生成AIによる概念イラストであり、実際の現場・関係者を写したものではありません)
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事故の経過

1954年5月、東シナ海方面から日本海に進んだ低気圧が急速に発達し、5月9日午前9時に988ヘクトパスカルであった中心気圧が、翌10日午前9時には952ヘクトパスカルにまで低下した。この急発達に伴い、北海道周辺の海域では15〜30メートルの暴風が吹き荒れた。当時はサケ・マス漁の最盛期にあたり、多数の漁船が操業中であった。
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甚大な被害

突発的に発達した低気圧による暴風で、操業中だった漁船が各地で転覆・沈没するなどして遭難が相次いだ。北海道庁水産部長が5月22日の衆議院水産委員会で説明したところでは、根室沖の約150〜200海里のサケ・マス漁場には約370隻の漁船が出漁しており、海上保安庁の巡視船や米極東空軍、保安庁のフリゲート艦が捜索にあたった。同じ委員会で北海道知事は、サケ・マス漁に出た漁船のうちなお45隻が行方不明で、全道で400人余りが死亡または生死不明となっていると述べた。死者・行方不明者は最終的に361人とされ、戦後の日本における漁船海難としては最大級の被害となった。

気象予報体制への教訓

北海道庁水産部長は国会で、この低気圧を北海道の気象台にとって60年来の低気圧で、函館大火以来の強い風だったと説明している。春から初夏にかけて急速に発達し暴風をもたらす低気圧は、この災害にちなんで「メイストーム(5月の嵐)」と呼ばれるようになった。

同年に相次いだ海難事故

1954年は、9月に青函連絡船が転覆した洞爺丸事故(死者・行方不明者1155人)も発生するなど、海難事故が相次いだ年として記憶されている。メイストームによる漁船遭難は、洞爺丸事故に先立つ同年前半の大規模な海難として、日本の海難史に刻まれている。

経過

  1. 1954年5月9日
    昭和29年

    事件・事故 急発達した低気圧により漁船が多数遭難

    死者・行方不明者361人を出した。

出典・公的資料

一次資料 2件 判決文・白書・調査報告書・法令など、原典にあたれる資料を掲載しています。

さらに調べるには

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「メイストーム海難事故」事件JP、2026年10月27日閲覧。https://jiken.jp/cases/1954-may-storm-fishing-boat-disaster/
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更新履歴

  • 2026年10月2日 一次資料補強:国会会議録(北海道知事・水産部長の説明、海上保安庁の報告)を出典に追加し、出漁船数・捜索体制・当時の被害報告を追記。出典で確認できない気象庁の呼称・体制強化の記述と、根拠のない段落を削除

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