阿部定事件
| 発生日 | 1936年5月18日(昭和11年) |
|---|---|
| 経過 | 発生から90年3か月 |
| 発生場所 | 東京都 荒川区(待合「まさき」) |
| 種別 | 殺人 |
| 状態 | 判決確定 |
| 被害 | 死者 1人 |
1936年(昭和11年)5月18日、東京都荒川区の待合で、阿部定が交際相手の男性を殺害し、遺体の一部を切断して所持したまま逃走した事件。
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事件の経過
1936年5月18日、東京都荒川区尾久の待合「まさき」に宿泊していた阿部定は、同宿していた交際相手の料理店経営者の男性を、細紐で絞殺した。定は男性の遺体の一部を刃物で切断して持ち去り、遺体には血で文字を書き残していた。
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逃走と逮捕
犯行後、定は身元を偽って各地を転々としたが、5月20日、東京・品川駅前の旅館に偽名で宿泊しているところを警察に発見され、逮捕された。事件は新聞各紙で連日大きく報じられ、社会に強い衝撃と関心を呼んだ。
裁判とその後の評価
同年12月、東京刑事地方裁判所は定に対し、殺人罪および死体損壊罪で懲役6年の判決を言い渡した(求刑10年)。定は1940年の恩赦で刑期を減じられ、翌1941年に出所した。軍国主義が強まる重苦しい時代風潮の中で起きた本事件は、事件そのものの猟奇性に加え、後年、映画・文学など数多くの作品の題材として取り上げられ、昭和を代表する事件の一つとして今日まで語り継がれている。
猟奇事件としての社会的注目
事件は、遺体の一部を切断して所持していたという猟奇性から、当時の新聞・雑誌で連日大きく報じられ、日本中の耳目を集めた。軍靴の足音が強まる重苦しい時代の中で、この事件は一種の「人間くさい」事件として異例の関心を呼んだとされる。
文化的影響
阿部定事件は、その後、大島渚監督の映画『愛のコリーダ』(1976年)をはじめ、数多くの小説・映画・演劇の題材として繰り返し取り上げられてきた。昭和を代表する事件の一つとして、犯罪史・風俗史の両面から今日まで論じられ続けている。
「定」をめぐるその後の人生
出所後の阿部定の消息は長らく謎に包まれていたが、晩年まで取材を受けるなどしており、その人生そのものが多くの関心を集め続けた。
事件名として定着した「阿部定」
事件はその特異性から、単に「阿部定事件」として広く記憶され、後年には彼女の生涯そのものを描いたノンフィクションや評伝も複数刊行されている。昭和初期の女性をめぐる社会状況を読み解く題材としても論じられている。
待合という舞台
事件現場となった「待合」は、当時、男女が密会や宴席に利用した貸席業の一種であり、昭和初期の風俗を色濃く反映する事件の舞台として、後年の研究でもしばしば言及される。
経過
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1936年5月18日
昭和11年事件・事故 阿部定が交際相手の男性を殺害
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1936年5月20日
昭和11年逮捕 阿部定が品川駅前の旅館で逮捕される
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1936年12月21日
昭和11年判決 東京刑事地方裁判所が懲役6年の判決
東京刑事地方裁判所
出典・公的資料
- その他
- その他
関連する法律用語
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「阿部定事件」事件JP、2026年9月8日閲覧。https://jiken.jp/cases/1936-abe-sada-incident/
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