白銀大火

結末 1961年7月、白銀大火の放火の罪で24歳の男が起訴されたが、初公判で起訴事実を否認した

発生日 1961年5月29日(昭和36年) 1961年(昭和36年)の事件 / 5月29日に起きた事件
経過 発生から65年4か月
発生場所 青森県 八戸市白銀町
種別 放火
状態 判決確定
1961年(昭和36年)5月29日夜、青森県八戸市白銀町で放火により出火した火災が、台風から変わった低気圧による強風にあおられて燃え広がり、707戸を全焼させた大火。火災による死者はなかった。後に24歳の男が現住建造物放火の罪で起訴された。
白銀大火を象徴する概念イラスト
※イメージ画像(生成AIによる概念イラストであり、実際の現場・関係者を写したものではありません)
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火災の経過

1961年5月29日午後11時40分ごろ、青森県八戸市白銀町で火災が発生した。当時、日本海から東北地方を通過していた台風4号が温帯低気圧に変わり、その影響で八戸測候所ではこの日の午後に最大瞬間風速37.4メートルを観測するなど、市内では強風による被害が相次いでいた。出火場所は同町大沢片平の水産加工業者方の物置小屋付近で、最初の通報は出火から12分後の午後11時52分、付近住民ではなく消防団員によるものだった。この通報の遅れも被害の拡大につながったとされる。
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延焼の拡大と被害

強風にあおられた火は、途中で東風に変わった風に乗って八戸線をまたぎ、約5時間にわたって延焼を続けた。焼失範囲は出火場所から鮫地区にかけて長さ約1,500メートル、幅約200メートル、約30万平方メートルに及び、707戸が全焼して白銀町の全戸数の約7割が失われた。八戸市の記録では、この日の暴風と大火による被害は死者2人・負傷者16人、全壊2棟、半壊・破損10,665棟、被害額約33億円に上るが、死者2人は強風によるもので、火災そのものによる死者は出なかった。

教訓と防火体制の強化

この大火は、強風下における木造住宅密集地の延焼リスクの高さと、初期通報の遅れが被害を拡大させる危険性を浮き彫りにした。防火線を張る場所がなく、道路が狭くて消火活動が思うようにできなかったことも、被害拡大の要因として挙げられている。

同時期に多発したフェーン火災

1961年5月29日は、台風4号から変わった低気圧の影響で東北地方の広範囲が強風にさらされ、白銀大火とほぼ同時期に岩手県内でも大規模な山林火災(三陸フェーン大火)が発生するなど、フェーン現象による火災が各地で相次いだ。

復興

被災した白銀地区は、「燃えない街づくり」を掲げた国・県・市の復興計画のもとで、都市計画道路や緑地帯を取り入れた街として再建された。あわせて病院や高校の新設、白銀台団地・岬台団地の造成なども計画的に進められた。

放火事件としての捜査と裁判

八戸警察署は鎮火後の実況見分で火の気がなく不審火であったとして、放火事件として捜査を始めた。白銀町では前年から連続放火事件が起きており、別の放火未遂事件で逮捕された男も調べられたが、大火についてはアリバイが崩れず関与は否定された。その後、24歳の男が白銀大火の放火容疑で逮捕され、現住建造物放火の罪で起訴された。男は取り調べでは容疑を認めていたとされるが、第1回公判では一転して起訴事実を全面的に否認した。

経過

  1. 1961年5月29日
    昭和36年

    事件・事故 強風にあおられた火災が発生し延焼が拡大

    約5時間にわたって延焼し、707戸が全焼した。火災による死者はなかった。

出典・公的資料

一次資料 1件 判決文・白書・調査報告書・法令など、原典にあたれる資料を掲載しています。

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関連する法律用語

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「白銀大火」事件JP、2026年10月27日閲覧。https://jiken.jp/cases/1961-shirogane-fire/
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更新履歴

  • 2026年10月19日 結末の1行を追加し、出典で確認できない判決(懲役15年)の記述を削除
  • 2026年9月28日 「犯人不明・時効成立」の誤りを訂正(容疑者の逮捕・起訴と判決を追記)、火災による死者はなかったことを明記、無関係な出典を削除し八戸市の災害記録を一次資料として追加、出典のない記述を削除

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