テロ・無差別襲撃事件の一覧(47件)・2ページ目
種別「テロ・無差別襲撃」の事件を発生日の新しい順に掲載しています。
「テロ・無差別襲撃」には、政治的・思想的動機による要人襲撃やハイジャック、化学テロのほか、不特定多数を標的にした通り魔殺傷事件を分類しています。個人間の怨恨による殺人は「殺人」に分類しています。掲載事件は、判決文・警察白書・調査報告書、信頼できる報道機関の記事など公的資料に基づき事実関係を確認したうえで記録しています。少年による事件については法律用語集の「少年法」「逆送」も併せてご覧ください。
47 件
-
堺市通り魔事件
1998年(平成10年)1月8日朝、大阪府堺市の路上で、シンナーを吸引し幻覚状態にあった19歳の無職少年が、登校中の女子高校生の背中を包丁で刺したのち、逃げる途中で幼稚園バスを待っていた5歳の女児とその母親も刺した通り魔事件。女児は死亡し、女子高生と母親は重傷を負った。少年は殺人罪などに問われ、大阪地方裁判所堺支部は心神耗弱を認めて求刑の無期懲役に対し懲役18年を言い渡し、控訴・上告を経て2002年(平成14年)に判決が確定した。少年事件の匿名報道のあり方をめぐる議論のきっかけともなった。
-
御嵩町長襲撃事件
1996年(平成8年)10月30日、産業廃棄物処理場の建設に反対していた岐阜県御嵩町の柳川喜郎町長が、自宅マンション付近で2人組の男に襲われ頭蓋骨骨折の重傷を負った事件。犯人は逮捕されないまま2011年に公訴時効が成立し、未解決事件となっている。
-
新宿駅青酸ガス事件
1995年(平成7年)5月5日、東京都新宿区の地下鉄新宿駅構内で、オウム真理教信者が青酸ガス発生装置を仕掛けたテロ未遂事件。駅員ら4人が病院で手当てを受けた。
-
警察庁長官狙撃事件
出勤中の警察庁長官・國松孝次氏が自宅マンション前で銃撃され重傷を負った事件。オウム真理教の関与が疑われたが、未解決のまま公訴時効が成立した。
-
地下鉄サリン事件
1995年(平成7年)3月20日朝、東京の地下鉄丸ノ内線・日比谷線・千代田線の車内で神経剤サリンが散布された無差別テロ事件。死者14人(事件後に死亡が認定された1人を含む)、負傷者は約6,300人にのぼった。オウム真理教の信者らによる組織的犯行と認定され、一連の裁判で教団幹部ら13人の死刑が確定した。
- 広告
-
松本サリン事件
1994年(平成6年)6月27日夜、長野県松本市の住宅街で神経剤サリンが散布され、死者8人(事件後に死亡した1人を含む)、多数の負傷者を出した事件。当初は第一通報者が疑われたが、後にオウム真理教による組織的犯行と判明し、地下鉄サリン事件と併せて一連の教団関連裁判で審理された。
-
長崎市長銃撃事件
長崎市長が右翼団体構成員に銃撃され重傷を負った事件。市長が天皇の戦争責任に言及した発言が動機とされた。
-
グリコ・森永事件
1984年3月、江崎グリコ社長が誘拐されたことを発端に、「かい人21面相」を名乗る犯人グループが森永製菓・丸大食品・ハウス食品・不二家など複数の食品会社を標的に、青酸ソーダ入りの菓子をばらまくと脅迫を繰り返した広域企業脅迫事件(警察庁広域重要指定114号事件)。1985年8月に終息宣言が送られた後、犯行は途絶え、2000年に全事件の公訴時効が成立し、警察庁広域重要指定事件として初の未解決事件となった。
-
東鉄工業作業員宿舎放火殺人事件
1983年(昭和58年)6月7日午前3時45分ごろ、千葉県四街道市の東鉄工業株式会社の作業員宿舎で放火とみられる火災が発生し、社員2人が死亡、1人が火傷を負った。同社は新東京国際空港(成田空港)の航空燃料輸送パイプライン工事を請け負っており、極左暴力集団の中核派が空港建設への攻撃としてこの犯行声明を出した。実行犯は特定されないまま、1998年6月7日に殺人罪の公訴時効が成立し、未解決事件となっている。
-
深川通り魔殺人事件
1981年(昭和56年)6月17日、東京都江東区の商店街で、覚醒剤中毒の妄想に苦しんでいた男が通行人を次々に襲撃し、その後人質をとって立てこもった事件。幼児2人を含む4人が死亡した。
-
神社本庁爆破事件
1977年(昭和52年)10月27日、東京都渋谷区の神社本庁ビル1階ロビーで爆弾が爆発し、職員ら6人が負傷した事件。神社本庁が神道政治連盟を通じて政治活動を進めていることに反発した新左翼活動家の男による犯行で、男は同年1月の梨木神社爆破事件など一連の爆弾事件も起こしていた。
-
クアラルンプール事件
1975年(昭和50年)8月4日、マレーシアの首都クアラルンプールで、日本赤軍のメンバー5人がアメリカ総領事館とスウェーデン大使館の入居するビルを襲撃・占拠し、総領事ら52人を人質に立てこもった事件。犯人グループは日本国内で勾留・服役中の活動家7人の釈放を要求し、日本政府は「超法規的措置」としてこれに応じた。占拠は8月8日、犯人グループがリビアへ出国・投降して終結し、人質は全員解放された。
-
三菱重工爆破事件
1974年(昭和49年)8月30日、東京・丸の内の三菱重工業本社ビルで時限爆弾が爆発し、8人が死亡、376人が重軽傷を負った。過激派組織「東アジア反日武装戦線」による一連の企業爆破テロの一つで、主犯格には死刑判決が確定した。
-
新宿クリスマスツリー爆弾事件
1971年(昭和46年)12月24日午後7時過ぎ、東京都新宿区新宿三丁目の警視庁四谷警察署追分派出所付近で、クリスマスツリーに偽装した手製爆弾が爆発した事件。臨場した警察官が重傷を負ったほか、通行人7人が重軽傷を負った。新左翼系グループによる犯行で、民間人を巻き込む無差別テロとして警視庁が異例の警戒態勢をとる契機となった。
-
朝霞自衛官殺害事件
1971年(昭和46年)8月21日夜、埼玉県朝霞市の陸上自衛隊朝霞駐屯地で、警備任務中の自衛官・一場哲雄士長(当時21歳)が、新左翼グループ「赤衛軍」を名乗る学生らに襲撃され殺害された事件。犯人グループは幹部自衛官の制服を着用して駐屯地に侵入したとされる。
-
瀬戸内シージャック事件
1970年(昭和45年)5月12日、広島港に停泊中の旅客船がライフル銃を持った男に乗っ取られ、乗客・乗員が人質となった事件。船は瀬戸内海を航行した末、翌日、投降を拒んだ男が警察官に射殺されて終結した。
-
よど号ハイジャック事件
1970年(昭和45年)3月31日、日本航空351便「よど号」が、共産主義者同盟赤軍派を名乗る9人にハイジャックされた。犯人グループは福岡空港・ソウルの金浦国際空港を経由したのち、北朝鮮の平壌に着陸し、そのまま亡命した。運輸政務次官が人質の身代わりとして同行し全乗客が解放された、日本初のハイジャック事件である。
-
横須賀線電車爆破事件
1968年(昭和43年)6月16日、横須賀線の北鎌倉駅〜大船駅間を走行中の電車内で、網棚に置かれた荷物が爆発した事件。乗客1人が死亡、14人が重軽傷を負った。犯人は元交際相手への恨みを動機に犯行に及び、死刑が確定・執行された。
-
草加次郎事件
1963年(昭和38年)9月5日、東京都中央区の地下鉄銀座線京橋駅に停車中の列車内で時限爆弾が爆発し、乗客10人が負傷した事件。「草加次郎」を名乗る人物による1962年からの一連の爆発・脅迫事件の一つとみられ、犯人は特定されないまま1978年に公訴時効が成立した。
-
岸信介内閣総理大臣刺傷事件
1960年7月14日午後、東京都千代田区の首相官邸で開かれた自民党総裁交代の祝賀会からの退出時、岸信介首相(当時)が男に登山用ナイフで左尻・大腿部を6回刺され重傷を負った。日米安保条約改定を巡る混乱が続くさなかの事件で、犯人は現場で取り押さえられた。岸首相は翌日総辞職を表明し、傷害罪に問われた犯人には懲役3年の判決が確定した。
出典: https://jiken.jp/category/terrorism/?page=2(2026-09-15 取得)/ 事件JP