テロ・無差別襲撃事件の一覧(52件)・2ページ目
種別「テロ・無差別襲撃」の事件を発生日の新しい順に掲載しています。
「テロ・無差別襲撃」には、政治的・思想的動機による要人襲撃やハイジャック、化学テロのほか、不特定多数を標的にした通り魔殺傷事件を分類しています。個人間の怨恨による殺人は「殺人」に分類しています。掲載事件は、判決文・警察白書・調査報告書、信頼できる報道機関の記事など公的資料に基づき事実関係を確認したうえで記録しています。少年による事件については法律用語集の「少年法」「逆送」も併せてご覧ください。
52 件
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歌舞伎町ビデオ店爆破事件
東京都新宿区歌舞伎町のビデオ店に手製爆弾が投げ込まれ爆発した事件。人的被害はなかったが、少年による自作爆弾を用いた犯行として社会に衝撃を与えた。
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西鉄バスジャック事件
2000年(平成12年)5月3日午後、佐賀県内から出発した西日本鉄道の高速バスが、少年(当時17歳)に牛刀で乗っ取られ、九州自動車道から山陽自動車道を経て広島県内へ移動した。少年は乗客を切りつけ、乗客の女性1人を殺害し、ほかに4人に傷害を負わせた(法務省刑事局長の国会答弁)。翌4日未明、警察の突入により身柄を確保された。
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下関通り魔事件
1999年(平成11年)9月29日、山口県下関市のJR下関駅で、男(当時35歳)がレンタカーで駅構内に突入した後、刃物で乗客に切りつけ、5人が死亡、10人が負傷した。男はその場で取り押さえられ、2008年7月11日に死刑が確定、2012年3月29日に執行された。
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池袋通り魔殺傷事件
1999年(平成11年)9月8日昼、東京都豊島区東池袋の繁華街で、男(当時23歳)が包丁や玄能で通行人を次々と襲い、女性2人が死亡、6人が負傷した。男は取り押さえられてその場で現行犯逮捕され、2007年5月2日、死刑が確定した。
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堺市通り魔事件
1998年(平成10年)1月8日朝、大阪府堺市の路上で、シンナーを吸引し幻覚状態にあった19歳の無職少年が、登校中の女子高校生の背中を包丁で刺したのち、逃げる途中で幼稚園バスを待っていた5歳の女児とその母親も刺した通り魔事件。女児は死亡し、女子高生と母親は重傷を負った。少年は殺人罪などに問われ、大阪地方裁判所堺支部は心神耗弱を認めて求刑の無期懲役に対し懲役18年を言い渡し、控訴・上告を経て2002年(平成14年)に判決が確定した。少年事件の匿名報道のあり方をめぐる議論のきっかけともなった。
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御嵩町長襲撃事件
1996年(平成8年)10月30日、産業廃棄物処理場の建設に反対していた岐阜県御嵩町の柳川喜郎町長が、自宅マンション付近で2人組の男に襲われ頭蓋骨骨折の重傷を負った事件。犯人は逮捕されないまま2011年に公訴時効が成立し、未解決事件となっている。
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新宿駅青酸ガス事件
1995年(平成7年)5月5日、東京都新宿区の地下鉄新宿駅構内で、オウム真理教信者が青酸ガス発生装置を仕掛けたテロ未遂事件。清掃作業員や通行人の会社員の適切な措置により、大きな被害には至らなかった。警察はシアン化ナトリウムと硫酸を用いた殺人未遂事件として捜査した。
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警察庁長官狙撃事件
出勤中の警察庁長官・國松孝次氏が自宅マンション前で銃撃され重傷を負った事件。オウム真理教の関与が疑われたが、未解決のまま公訴時効が成立した。
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地下鉄サリン事件
1995年(平成7年)3月20日朝、東京の地下鉄丸ノ内線・日比谷線・千代田線の車内で神経剤サリンが散布された無差別テロ事件。死者14人(事件後に死亡が認定された1人を含む)、負傷者は約6,300人にのぼった。オウム真理教の信者らによる組織的犯行と認定され、一連の裁判で教団幹部ら13人の死刑が確定した。
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松本サリン事件
1994年(平成6年)6月27日夜、長野県松本市の住宅街で神経剤サリンが散布され、死者8人(事件後に死亡した1人を含む)、多数の負傷者を出した事件。当初は第一通報者が疑われたが、後にオウム真理教による組織的犯行と判明し、地下鉄サリン事件と併せて一連の教団関連裁判で審理された。
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長崎市長銃撃事件
1990年(平成2年)1月18日、長崎市の本島等市長が、市役所前で右翼団体「正気塾」の構成員の男に拳銃で撃たれ重傷を負った事件。市長が天皇の戦争責任に言及した発言が動機とされた。
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赤報隊事件
1987年(昭和62年)5月3日夜、兵庫県西宮市の朝日新聞阪神支局に男が押し入り、散弾銃で記者2人を撃って1人を殺害、1人に重傷を負わせた事件を中心とする一連の事件。「赤報隊」を名乗る犯人による朝日新聞東京本社・名古屋本社寮への発砲、静岡支局での爆破未遂、リクルート前会長宅への発砲とあわせ、警察庁指定第116号事件とされた。言論機関を狙ったテロとして国会でも取り上げられたが、犯人は検挙されず、2003年3月までにすべての事件の公訴時効が成立した。
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グリコ・森永事件
1984年3月、江崎グリコ社長が誘拐されたことを発端に、「かい人21面相」を名乗る犯人グループが森永製菓・丸大食品・ハウス食品・不二家など複数の食品会社を標的に、青酸ソーダ入りの菓子をばらまくと脅迫を繰り返した広域企業脅迫事件(警察庁広域重要指定114号事件)。1985年8月に終息宣言が送られた後、犯行は途絶え、2000年に全事件の公訴時効が成立し、警察庁広域重要指定事件として初の未解決事件となった。
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東鉄工業作業員宿舎放火殺人事件
1983年(昭和58年)6月7日午前3時45分ごろ、千葉県四街道市の東鉄工業株式会社の作業員宿舎で放火とみられる火災が発生し、社員2人が死亡、1人が火傷を負った。同社は新東京国際空港(成田空港)の航空燃料輸送パイプライン工事を請け負っており、極左暴力集団の中核派が空港建設への攻撃としてこの犯行声明を出した。実行犯は特定されないまま、1998年6月7日に殺人罪の公訴時効が成立し、未解決事件となっている。
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深川通り魔殺人事件
1981年(昭和56年)6月17日、東京都江東区森下の商店街で、男が柳刃包丁で通行人を次々に襲撃し、その後人質をとって中華料理店に約7時間立てこもった事件。幼児2人を含む4人が死亡した。男は過去に覚醒剤を使用しており、逮捕時の検査でも覚醒剤の成分が検出された。
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神社本庁爆破事件
1977年(昭和52年)10月27日、東京都渋谷区の神社本庁ビル1階ロビーで爆弾が爆発し、職員ら6人が負傷した事件。神社本庁が神道政治連盟を通じて政治活動を進めていることに反発した新左翼活動家の男による犯行で、男は同年1月の梨木神社爆破事件など一連の爆弾事件も起こしていた。
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クアラルンプール事件
1975年(昭和50年)8月4日、マレーシアの首都クアラルンプールで、日本赤軍のメンバー5人がアメリカ総領事館とスウェーデン大使館の入居するビルを襲撃・占拠し、総領事ら52人を人質に立てこもった事件。犯人グループは日本国内で勾留・服役中の活動家7人の釈放を要求し、日本政府は「超法規的措置」としてこれに応じた。占拠は8月8日、犯人グループがリビアへ出国・投降して終結し、人質は全員解放された。
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三菱重工爆破事件
1974年(昭和49年)8月30日、東京・丸の内の三菱重工業本社ビルで時限爆弾が爆発し、8人が死亡、376人が重軽傷を負った。過激派組織「東アジア反日武装戦線」による一連の企業爆破テロの一つで、主犯格には死刑判決が確定した。
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新宿クリスマスツリー爆弾事件
1971年(昭和46年)12月24日午後7時過ぎ、東京都新宿区新宿三丁目の警視庁四谷警察署追分派出所付近で、クリスマスツリーに偽装した手製爆弾が爆発した事件。臨場した警察官が重傷を負ったほか、通行人6人が重軽傷を負った。新左翼系グループによる犯行で、民間人を巻き込む無差別テロとして警視庁が異例の警戒態勢をとる契機となった。
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朝霞自衛官殺害事件
1971年(昭和46年)8月21日夜、埼玉県朝霞市の陸上自衛隊朝霞駐屯地で、警備任務中の自衛官・一場哲雄士長(当時21歳)が、「赤衛軍」を名乗る学生らに襲撃され殺害された事件。犯人グループは武器弾薬を奪う目的で、自衛官の制服・制帽を着用して車両で駐屯地に侵入したとされる。
出典: https://jiken.jp/category/terrorism/?page=2(2026-10-31 取得)/ 事件JP