テロ・無差別襲撃事件の一覧(47件)・3ページ目
種別「テロ・無差別襲撃」の事件を発生日の新しい順に掲載しています。
「テロ・無差別襲撃」には、政治的・思想的動機による要人襲撃やハイジャック、化学テロのほか、不特定多数を標的にした通り魔殺傷事件を分類しています。個人間の怨恨による殺人は「殺人」に分類しています。掲載事件は、判決文・警察白書・調査報告書、信頼できる報道機関の記事など公的資料に基づき事実関係を確認したうえで記録しています。少年による事件については法律用語集の「少年法」「逆送」も併せてご覧ください。
47 件
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緒方竹虎襲撃事件
1945年(昭和20年)2月24日、東京・霞が関の大政翼賛会本部会議室で、国務大臣・緒方竹虎が短刀を持った男に襲撃された。男は皇民化教育の影響を受けた朝鮮出身者で、弱体化した小磯内閣の打倒を狙ったとされる。緒方の側近に取り押さえられ未遂に終わったが、事件の刑事手続は長期化し、1998年、東京地方裁判所は公訴時効の完成を理由に免訴を言い渡した。
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柳条湖事件
1931年(昭和6年)9月18日夜、中国・奉天(現在の瀋陽)郊外の柳条湖付近で、南満洲鉄道の線路が爆破された事件。関東軍参謀の板垣征四郎・石原莞爾らが計画した謀略で、関東軍はこれを中国側の犯行と偽って軍事行動を開始し、満洲全域を占領する満洲事変に発展した。
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濱口雄幸首相狙撃事件
東京駅で濱口雄幸首相が右翼活動家に狙撃され重傷を負い、傷がもとで翌年死去した事件。
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虎ノ門事件
1923年(大正12年)12月27日、東京府東京市麹町区虎ノ門外(現・東京都港区虎ノ門)で、摂政宮裕仁親王(後の昭和天皇)が第48回帝国議会の開院式に向かう途中、無政府主義者の男から狙撃された暗殺未遂事件。親王に負傷はなく、同乗していた東宮侍従長が顔に軽傷を負った。犯人は現場で群衆と警官に取り押さえられ、大逆罪で起訴された。判決からわずか2日後に死刑が執行され、事件の責任を取り内閣は総辞職した。関東大震災後の社会不安を背景に頻発したテロ事件の一つとされる。
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原敬暗殺事件
1921年(大正10年)11月4日、東京駅の乗車口(現在の丸の内南口)で、内閣総理大臣・原敬が、鉄道院山手線大塚駅の転轍手・中岡艮一(当時19歳)に短刀で刺殺された事件。現職の内閣総理大臣が暗殺されたのは憲政史上初めてで、原の死去により立憲政友会内閣は総辞職し、後継には高橋是清が就いた。中岡は殺人罪で起訴され死刑を求刑されたが、東京地裁で無期懲役の判決を受け、控訴審・上告審でも維持されて確定した。その後3度の恩赦を受け、1934年(昭和9年)に出所している。
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安田善次郎暗殺事件
1921年(大正10年)9月28日、神奈川県大磯町の別邸で、安田財閥の創設者・安田善次郎が、右翼活動家の朝日平吾に刺殺された事件。朝日は犯行後、その場で自殺した。この事件は、同年11月の原敬首相暗殺をはじめ、昭和初期にかけて相次いだテロ・クーデター事件の先駆けとされる。
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大津事件
1891年(明治24年)5月11日、日本を訪問中のロシア帝国皇太子ニコライが、滋賀県大津町で警備の巡査に切りつけられ負傷した事件。司法権の独立をめぐる近代日本法学史上の重要な先例となった。
出典: https://jiken.jp/category/terrorism/?page=3(2026-09-15 取得)/ 事件JP