草加次郎事件
現在 犯人は特定されておらず、1978年9月に公訴時効が成立して未解決のまま
| 発生日 | 1963年9月5日(昭和38年) 1963年(昭和38年)の事件 / 9月5日に起きた事件 |
|---|---|
| 経過 | 発生から63年1か月 |
| 発生場所 | 東京都 中央区京橋(地下鉄銀座線京橋駅) |
| 種別 | テロ・無差別襲撃 |
| 状態 | 未解決 公訴時効早見表で制度を確認できます |
| 被害 | 死者 0人 負傷者 10人 |
特集
未解決のまま残る事件
- 未解決のまま残る事件「草加次郎」を名乗る人物による一連の爆発・脅迫事件の一つとみられるが、犯人は特定されないまま1978年に公訴時効が成立した。
1963年(昭和38年)9月5日、東京都中央区の地下鉄銀座線京橋駅に停車中の列車内で時限爆弾が爆発し、乗客10人が負傷した事件。「草加次郎」を名乗る人物による1962年からの一連の爆発・脅迫事件の一つとみられ、犯人は特定されないまま1978年に公訴時効が成立した。
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事件の経過
1963年(昭和38年)9月5日午後8時14分ごろ、東京都中央区の営団地下鉄銀座線京橋駅に停車していた列車の車内で、手製の時限爆弾が爆発し、乗客10人が負傷した。爆弾には2個の乾電池が使われ、電池にはそれぞれ「次」「郎」の文字が記されていた。警視庁はこの事件を、1962年11月から続いていた一連の爆発・発砲・脅迫事件と同一犯によるものとみて捜査した。一連の事件は1962年11月4日、歌手の後援会事務所に郵送された爆発物で事務員が火傷を負ったことに始まり、同月20日には新東宝劇場内で爆発が起き観客の女性が負傷、同月26日には日比谷劇場でも爆発が起きたが負傷者はなく現場から指紋が検出された。同月29日には世田谷区内の電話ボックスで爆発が起き利用していた男性が火傷を負い、12月12日には浅草寺境内で爆発物が発見され未遂に終わった。並行して、著名な女優の自宅には現金を要求する脅迫状が複数回送りつけられ、1963年7月15日には上野公園の屋台店主が銃撃されて重傷を負う事件も起きていた。犯人は自らを「草加次郎」と名乗ったが、その読み方や性別、単独犯か複数犯かも特定されなかった。
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捜査の経過と公訴時効
警視庁は延べ1万9千人の捜査員を投入し、火薬や爆弾に詳しい者など約9600人をリストアップして捜査したが、現場に残された指紋や筆跡と一致する人物を特定できなかった。前科者のデータとも一致せず、捜査は難航した。銀座線爆破事件から15年後の1978年9月5日、公訴時効が成立し、事件は犯人不詳のまま法的に決着した。戦後の首都圏を騒がせた一連の爆発・脅迫事件は、後年のグリコ・森永事件と並んで昭和期を代表する未解決事件として、その後も繰り返し報道や検証番組で取り上げられている。犯人が使用した時限爆弾の構造は当時としては相応の技術を要するものであったとされ、捜査当局は電気工作や時計修理の知識を持つ人物を中心に聞き込みを重ねたが、有力な手がかりを得られないまま捜査は縮小していった。事件から半世紀以上が経過した現在も、犯人の正体や動機は一切明らかになっていない。
経過
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1963年9月5日
昭和38年事件・事故 地下鉄銀座線京橋駅で爆弾が爆発、10人負傷
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1978年9月5日
昭和53年その他 公訴時効が成立、犯人不詳のまま未解決に
出典・参考資料
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「草加次郎事件」事件JP、2026年10月30日閲覧。https://jiken.jp/cases/1963-sokajiro-bombing/
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更新履歴
- 2026年7月29日 初版公開
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