深川通り魔殺人事件

結末 1983年1月、男が控訴せず、東京地裁の無期懲役判決が確定

発生日 1981年6月17日(昭和56年) 1981年(昭和56年)の事件 / 6月17日に起きた事件
経過 発生から45年4か月
発生場所 東京都 江東区(深川の商店街)
種別 テロ・無差別襲撃
状態 判決確定
被害 死者 4人  負傷者 3人
1981年(昭和56年)6月17日、東京都江東区森下の商店街で、男が柳刃包丁で通行人を次々に襲撃し、その後人質をとって中華料理店に約7時間立てこもった事件。幼児2人を含む4人が死亡した。男は過去に覚醒剤を使用しており、逮捕時の検査でも覚醒剤の成分が検出された。
深川通り魔殺人事件を象徴する概念イラスト
※イメージ画像(生成AIによる概念イラストであり、実際の現場・関係者を写したものではありません)
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事件の経過

1981年6月17日午前11時35分ごろ、東京都江東区森下2丁目の路上で、男が柳刃包丁で通行人を次々に襲い、腹や胸を刺した。警察庁の国会答弁によれば、男はこの年の4月に府中刑務所を出所した後、すし店の店員として各地で働いたが長続きせず、事件の前日に新聞広告を見て申し込んだすし店に、犯行直前の11時半ごろ電話したところ採用を断られた。男は「就職すれば結婚して妻子を養えると思っていたが、それもできない。幸せそうな親子連れを見ると腹が立って、やけになった」という趣旨の供述を繰り返した。男はその後、通行中の女性を人質にとって近くの中華料理店に立てこもった。
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被害の状況

事件により、主婦1人(27歳)とその幼い子ども2人(1歳と3歳)、別の主婦1人(33歳)の合わせて4人が死亡し、通行人2人と人質の女性の計3人が負傷した。男は約7時間にわたって立てこもったが、警視庁の捜査員がすきを見て店内に突入し、人質を救出して男の身柄を確保した。

裁判とその後

男は1977年から1978年ごろと1980年4月ごろに覚醒剤を使用していたことを認め、出所後は使っていないと述べたが、逮捕時に採取した血液や尿からは覚醒剤の成分が検出された。警察庁は責任能力は十分にあるとの立場をとりつつ、東京地検は精神鑑定のため7月10日から9月9日まで60日間の鑑定留置を行った。1982年12月23日、東京地方裁判所は、犯行時は心神耗弱状態にあったとして刑を減軽し、無期懲役を言い渡した。男は控訴せず、1983年1月に判決が確定した。この事件をきっかけに、1981年7月には総理府の薬物乱用対策推進本部が覚醒剤問題を中心とする緊急対策を決定した。

審理・経過の流れ

  1. 事件・事故 1981年6月17日
  2. 判決 1982年12月23日 +554日

経過

  1. 1981年6月17日
    昭和56年

    事件・事故 男が商店街で通行人を襲撃し人質をとって立てこもる

    4人が死亡した。

  2. 1982年12月23日
    昭和57年

    判決 東京地方裁判所が無期懲役の判決

    東京地方裁判所

出典・公的資料

一次資料 2件 判決文・白書・調査報告書・法令など、原典にあたれる資料を掲載しています。

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「深川通り魔殺人事件」事件JP、2026年10月28日閲覧。https://jiken.jp/cases/1981-fukagawa-stabbing-spree/
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更新履歴

  • 2026年10月2日 一次資料補強:国会会議録(警察庁刑事局長・厚生省の答弁)を出典に追加し、発生時刻・場所、凶器、動機の供述、覚醒剤の検出、鑑定留置と判決、事件を契機とした覚醒剤対策を追記。出典で確認できない動機の記述と段落を削除

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