グリコ・森永事件 通称: かい人21面相事件

発生日 1984年3月18日(昭和59年) 〜 1985年8月12日
経過 発生から42年5か月
発生場所 大阪府 大阪市ほか近畿一円(大阪府・兵庫県など)
種別 テロ・無差別襲撃
状態 未解決 公訴時効早見表で制度を確認できます
1984年3月、江崎グリコ社長が誘拐されたことを発端に、「かい人21面相」を名乗る犯人グループが森永製菓・丸大食品・ハウス食品・不二家など複数の食品会社を標的に、青酸ソーダ入りの菓子をばらまくと脅迫を繰り返した広域企業脅迫事件(警察庁広域重要指定114号事件)。1985年8月に終息宣言が送られた後、犯行は途絶え、2000年に全事件の公訴時効が成立し、警察庁広域重要指定事件として初の未解決事件となった。
グリコ・森永事件を象徴する概念イラスト
※イメージ画像(生成AIによる概念イラストであり、実際の現場・関係者を写したものではありません)
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グリコ社長誘拐と脅迫の始まり

1984年3月18日夕方、江崎グリコ社長の江崎勝久が、兵庫県西宮市の実母宅付近で拳銃を持った男2人組に拉致された。犯人グループは身代金10億円と金塊100キログラムを要求したが、江崎は3月21日、大阪府茨木市の倉庫で自力で縄をほどいて脱出し保護された。身代金の授受には至らず誘拐自体は未遂に終わったが、事件はこれで終わらなかった。同年4月以降、江崎グリコ本社が放火される事件が発生し、「かい人21面相」を名乗る犯人グループが新聞社・テレビ局に挑戦状を送りつけるようになり、劇場型犯罪の様相を呈していった。
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森永製菓への標的拡大と青酸入り菓子の発見

グリコへの脅迫と並行し、犯人グループは丸大食品なども標的に加え、対象を広げていった。1984年9月12日、大阪市の森永製菓関西販売本部に「グリコと同じめにあいたくなければ一億円出せ、要求に応じなければ製品に青酸ソーダを入れて店頭に置く」と書かれた脅迫状が届き、青酸ソーダ約30グラムが同封されていた。森永側が指定場所に現金を用意して臨んだ現金授受は、犯人側に警察官と見抜かれて未遂に終わった。予告どおり10月上旬には、大阪・兵庫・京都・愛知の各府県のスーパーなどで「どくいり きけん たべたら しぬで」というラベルを貼った青酸入り森永製品が相次いで発見され、計13個が確認された。店頭からの製品撤去騒動となったが、実際にこれらを口にして死傷した消費者はいなかった。

「かい人21面相」の劇場型犯行と警察の追跡

犯人グループは新聞社・テレビ局へ挑戦状を送りつけ、警察の捜査を揶揄する文面で世間の注目を集め続けた。1984年11月、名神高速道路で行われた現金受け渡し場面では、滋賀県警のパトカーが不審な車を発見しながら取り逃がし、車を運転していたとされる人物の似顔絵「キツネ目の男」が全国に公開された。犯人グループがアマチュア無線で「21面相」「玉三郎」と名乗る人物同士で交信していたことも傍受されており、複数犯による組織的な犯行であることをうかがわせたが、身元の特定には至らなかった。1985年に入ってからもハウス食品・不二家・駿河屋への脅迫が続き、2月にはバレンタインデーを狙って東京・愛知で青酸入りチョコレートが発見された。

滋賀県警本部長の自殺と事件の終息

延べ130万人を超える捜査員が投入されたが、犯人グループの検挙には至らなかった。1985年8月7日、名神高速道路での現金受け渡し捜査の指揮を執っていた滋賀県警本部長が、捜査の失態を苦にして焼身自殺した。その5日後の8月12日、犯人グループから「食べ物会社をいびるのはもうやめや。グリコを許したる」との趣旨の終息宣言が新聞社に送られ、以後、事件に関する犯行声明は確認されていない。

公訴時効の成立と未解決事件としての決着

警察庁は本事件を広域重要指定114号事件として長期間捜査を続けたが、犯人グループの特定には至らなかった。個々の事件は発生から15年で公訴時効を迎え、2000年2月13日、最後まで残っていた東京・愛知での青酸入り菓子ばらまき事件の殺人未遂罪が時効成立したことで、すべての事件の公訴時効が成立した。犯人を一人も検挙できないまま完全犯罪となり、警察庁広域重要指定事件としては初めての未解決事件として記録されている。

食品業界と警察組織への影響

本事件を機に、食品業界では開封の痕跡が残る「不可逆的包装」の導入が急速に進み、江崎グリコも安全性を高めた包装への切り替えを進めた。国は1987年9月26日、流通過程の食品への毒物混入を厳しく罰する「流通食品への毒物の混入等の防止等に関する特別措置法」(昭和62年法律第103号、いわゆるグリコ法)を制定した。警察庁が発行した昭和60年警察白書も、江崎グリコ社長誘拐に端を発した本事件を当時の国内治安情勢を象徴する事件の一つとして挙げている。警察無線については、犯人側に交信を傍受されていたことが教訓となり、秘匿性の高いデジタル方式への移行が進められた。グリコ・森永両社は事件発生後、半年近くにわたり広告出演やCMソングの使用を自粛するなど、企業活動にも大きな影響が及んだ。

審理・経過の流れ

  1. 事件・事故 1984年3月18日
  2. 事件・事故 1984年9月12日 +178日

経過

  1. 1984年3月18日
    昭和59年

    事件・事故 江崎グリコ社長誘拐

    江崎グリコ社長・江崎勝久が兵庫県西宮市で拉致される。3月21日に大阪府茨木市で保護。

  2. 1984年9月12日
    昭和59年

    事件・事故 森永製菓への脅迫状と青酸ソーダ同封

    大阪市の森永製菓関西販売本部に脅迫状が届き、青酸ソーダ約30グラムが同封される。

  3. 1985年8月7日
    昭和60年

    その他 滋賀県警本部長が焼身自殺

    名神高速道路での現金受け渡し捜査の指揮を執っていた滋賀県警本部長が、捜査の失態を苦にして焼身自殺した。

  4. 1985年8月12日
    昭和60年

    その他 犯人グループの終息宣言

    犯人グループから「食べ物会社をいびるのはもうやめや」との趣旨の終息宣言が新聞社に送られ、以後犯行声明は確認されていない。

  5. 2000年2月13日
    平成12年

    その他 全事件の公訴時効が成立

    最後まで残っていた東京・愛知での青酸入り菓子ばらまき事件の殺人未遂罪が時効成立し、すべての事件の公訴時効が成立した。

出典・公的資料

一次資料 2件 判決文・白書・調査報告書・法令など、原典にあたれる資料を掲載しています。

関連する法律用語

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「グリコ・森永事件」事件JP、2026年9月8日閲覧。https://jiken.jp/cases/glico-morinaga-incident/

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更新履歴

  • 2026年8月12日 出典を強化(警察白書・法令一次資料・報道記事を追加)
  • 2026年8月12日 初版公開

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