クアラルンプール事件

結末 2009年10月、占拠に加わった元メンバー1人の無期懲役が確定。占拠に加わった別の元メンバーや釈放者の一部は国際手配が続く

発生日 1975年8月4日(昭和50年) 〜 1975年8月8日 1975年(昭和50年)の事件 / 8月4日に起きた事件
経過 発生から51年2か月 2011年9月1日の確定から15年1か月
発生場所 マレーシア・クアラルンプール(アメリカ総領事館・スウェーデン大使館)
種別 テロ・無差別襲撃
状態 判決確定
被害 死者 0人
  • 未解決のまま残る事件日本政府は「超法規的措置」として勾留・服役中の活動家の釈放に応じ、犯人グループはリビアへ出国して人質は全員解放された。実行犯の訴追には至らなかった。
1975年(昭和50年)8月4日、マレーシアの首都クアラルンプールで、日本赤軍のメンバー5人がアメリカ総領事館とスウェーデン大使館の入居するビルを襲撃・占拠し、総領事ら52人を人質に立てこもった事件。犯人グループは日本国内で勾留・服役中の活動家7人の釈放を要求し、日本政府は「超法規的措置」としてこれに応じた。占拠は8月8日、犯人グループがリビアへ出国・投降して終結し、人質は全員解放された。
クアラルンプール事件を象徴する概念イラスト
※イメージ画像(生成AIによる概念イラストであり、実際の現場・関係者を写したものではありません)
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事件の経過

1975年(昭和50年)8月4日午前11時ごろ(日本時間同日正午過ぎ)、マレーシアの首都クアラルンプールで、日本赤軍のメンバー5人が拳銃と手榴弾で武装し、アメリカ総領事館とスウェーデン大使館が入居するビルを襲撃・占拠した。犯人グループは奥平純三・日高敏彦・和光晴生らを中心とする日本赤軍メンバーで構成されていた。犯人グループはアメリカ総領事ら各国外交官・大使館員ら合わせて52人を人質に取り、日本国内で勾留・服役中の活動家7人の釈放、事件現場までの移送、出国用航空機の提供を日本政府に要求した。マレーシア政府・日本政府・犯人グループの三者交渉が続けられ、占拠は8月8日まで5日間に及んだ。
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「超法規的措置」とその後

当時の三木武夫内閣は、超法規的措置として要求に応じる方針を決定した。名指しされた7人のうち坂口弘・松浦順一は参加を拒否したが、西川純・戸平和夫・坂東國男・松田久・佐々木規夫の5人は日本赤軍への参加に応じ、クアラルンプールへ移送された。犯人グループは8月7日、釈放された5人とともに日本航空機をチャーターしてリビアへ出国し、翌8日にリビア政府に投降した。人質は全員解放されたが、占拠の際には犯人グループが警察官らに発砲し、現地の警察官が重傷を負っていた。日本政府が服役中の受刑者を含む活動家を実際に釈放した前例のない対応は、その後の日本のテロ対策や超法規的措置の是非をめぐる議論の出発点となった。占拠に加わった和光晴生は1997年にレバノンで拘束されて2000年に日本へ移送・逮捕され、ハーグ事件とこの事件で殺人未遂・逮捕監禁罪に問われて、2009年に無期懲役が確定した。両事件で有罪判決が確定したのはこれが初めてだった。釈放された5人のうち西川純はのちにボリビアで拘束されて国内で起訴され、ハーグ事件・ダッカ事件で2011年に無期懲役が確定している。一方、占拠に加わった奥平純三と、釈放された坂東國男・松田久・佐々木規夫は、警視庁が国際手配中の日本赤軍メンバーとして公開手配している。

審理・経過の流れ

  1. 事件・事故 1975年8月4日
  2. 判決 2009年10月27日 +12,503日
  3. 判決 2011年9月 +674日

経過

  1. 1975年8月4日
    昭和50年

    事件・事故 アメリカ総領事館・スウェーデン大使館を占拠

    日本赤軍メンバー5人が武装してビルを占拠し、52人を人質に取る

  2. 1975年8月7日
    昭和50年

    その他 日本政府、活動家5人を釈放しクアラルンプールへ移送

    超法規的措置として西川純・戸平和夫・坂東國男・松田久・佐々木規夫を釈放

  3. 1975年8月8日
    昭和50年

    その他 犯人グループ、リビアへ出国・投降し人質全員解放

  4. 2009年10月27日
    平成21年

    判決 和光晴生、上告棄却により無期懲役確定

    占拠に加わった和光晴生について、最高裁がハーグ事件とクアラルンプール事件の殺人未遂・逮捕監禁罪での上告を棄却し、一・二審の無期懲役が確定した。

    最高裁判所第一小法廷

  5. 2011年9月
    平成23年

    判決 西川純、ハーグ事件・ダッカ事件で無期懲役確定

    クアラルンプール事件で釈放された西川純について、最高裁がハーグ事件・ダッカ事件での上告を退ける決定をし、一・二審の無期懲役が確定した。

    最高裁判所第一小法廷

出典・参考資料

この事件については、判決文・調査報告書などの一次資料をまだ確認できていません。以下は報道・文献などの参考資料です(出典の方針)。

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「クアラルンプール事件」事件JP、2026年10月31日閲覧。https://jiken.jp/cases/1975-kuala-lumpur-incident/
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更新履歴

  • 2026年10月19日 和光晴生を占拠側に、西川純の確定判決をハーグ・ダッカ事件によるものに訂正し、警察官の負傷を追記。ステータスを「判決確定」に変更
  • 2026年7月21日 初版公開

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