公害事件 — 四大公害と環境汚染 7件/1956〜2003年
- 収録件数
- 7件
- 対象期間
- 1956〜2003年
- 死者数の合計
- 0人
- 最多の種別
- 災害
表1 公害事件 — 四大公害と環境汚染の一覧
| 発生年 | 事件 | 被害の認定と制度への影響 |
|---|---|---|
| 1956年 | 水俣病 | チッソ水俣工場の排水による四大公害病の原点。1968年に政府が原因を認め、2004年の最高裁判決は国と熊本県の責任も認めた。 |
| 1965年 | 新潟水俣病(第二水俣病)確認 | 被害者が昭和電工を訴え、1971年の新潟地裁判決が企業の過失責任を認めた。四大公害訴訟の一つ。 |
| 1967年 | 四日市ぜんそく | 石油化学コンビナートの排煙による大気汚染で、磯津地区などにぜんそく患者が多発した。1972年の判決は6社の共同不法行為を認め、被告は控訴せず判決が確定した。 |
| 1968年 | イタイイタイ病 | 1968年に国が初めて公害病と認定。1972年の控訴審で原告がほぼ全面勝訴し、汚染農地の復元は2012年に完了した。 |
| 1971年 | 土呂久ヒ素公害 | 旧鉱山での亜ヒ酸製造による慢性ヒ素中毒。1973年に救済地域に指定され、慢性砒素中毒症は公害健康被害補償法の指定疾病となった。最終鉱業権者を相手取った訴訟は1990年に最高裁で和解した。 |
| 1990年 | 豊島産業廃棄物不法投棄事件 | 県の許可を受けた業者が産業廃棄物を不法投棄した。2000年の公害調停で知事が指導監督の誤りを認めて謝罪し、廃棄物の搬出は2017年に完了した。 |
| 2003年 | 神栖町有機ヒ素汚染事件 | 飲用井戸から有機ヒ素化合物が検出され、政府が緊急対応策を閣議了解した。汚染源は地中に投棄されたコンクリート状の塊と判明した。 |
図1 年代別の収録件数
収録している事件
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水俣病
1956年(昭和31年)5月1日、熊本県水俣市のチッソ(当時は新日本窒素肥料)水俣工場附属病院の院長が、原因不明の神経疾患の患者が入院したことを水俣保健所に報告した。これが水俣病の「公式確認」である。
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新潟水俣病(第二水俣病)確認
1965年(昭和40年)6月12日、新潟県阿賀野川下流域で有機水銀中毒による健康被害が公式に確認された。原因は昭和電工鹿瀬工場が排出したメチル水銀で、熊本の水俣病に次ぐ「第二水俣病」として社会問題化した。
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イタイイタイ病
1968年(昭和43年)5月8日、厚生省は「イタイイタイ病の本態はカドミウムの慢性中毒による骨軟化症である」とする見解を発表し、日本で最初に公害病と認定された疾病となった。富山県の神通川下流域で大正期から発生していた原因不明の病で、患者は骨がもろくなって激痛を訴えた。
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豊島産業廃棄物不法投棄事件
1990年(平成2年)11月16日、兵庫県警察が香川県小豆郡土庄町の豊島(てしま)で産業廃棄物処理業者の事業場を廃棄物処理法違反の容疑で強制捜査し、瀬戸内海国立公園内の島に大量の産業廃棄物が不法投棄されていた実態が明らかになった。
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神栖町有機ヒ素汚染事件
2003年(平成15年)3月20日、茨城県神栖町(現・神栖市)で、住民が飲用していた井戸水から水質環境基準の450倍にあたるヒ素が検出された。原因不明の中枢神経症状を訴える住民を診た医師の指摘が発端だった。
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四日市ぜんそく
三重県四日市市で、1959年(昭和34年)に操業を始めた石油化学コンビナートから出る硫黄酸化物などによる大気汚染で、隣接する磯津地区などにぜんそくなどの呼吸器疾患の患者が多発した公害。
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土呂久ヒ素公害
宮崎県西臼杵郡高千穂町の土呂久地区で、旧土呂久鉱山が大正時代から昭和37年(1962年)まで断続的に行った亜ヒ酸の製造によって、住民に慢性ヒ素中毒の健康被害が生じた公害。1971年11月に地元から健康被害の問題が提起され、県の調査で過去の環境汚染と被害者の存在が明らかになった。
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「公害事件 — 四大公害と環境汚染」事件JP、2026年10月28日閲覧。https://jiken.jp/theme/pollution-incidents/