神栖町有機ヒ素汚染事件 通称: 神栖ヒ素汚染
| 発生日 | 2003年3月20日(平成15年) |
|---|---|
| 経過 | 発生から23年5か月 |
| 発生場所 | 茨城県 神栖町(現・神栖市) |
| 種別 | 災害 |
| 状態 | 未解決 公訴時効早見表で制度を確認できます |
2003年(平成15年)3月20日、茨城県神栖町(現・神栖市)で、住民が飲用していた井戸水から水質環境基準の450倍にあたるヒ素が検出された。原因不明の中枢神経症状を訴える住民を診た医師の指摘が発端だった。検出されたのは自然界には存在しないジフェニルアルシン酸で、政府は同年6月に閣議了解を行い、健康被害への緊急措置と原因究明に乗り出した。汚染源は2005年に地中から掘り出されたコンクリート状の塊と判明したが、環境省の調査は旧日本軍が神栖でこの物質を製造・保有した記録はないとし、1993年6月以降に投棄された可能性が高いと結論づけている。投棄した者は特定されていない。
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原因不明の症状と井戸水
2003年(平成15年)3月、茨城県神栖町(現・神栖市)の集合賃貸住宅の住民に、手足の震え、歩行の困難、睡眠障害といった中枢神経の症状が相次いで現れた。診察した医師が原因を不審に思い、住民に書状を託して地元の保健所へ相談させたのが発端である。住民が保健所を訪ねたのは3月17日だった。
保健所が飲用井戸(A井戸)の水質検査を行ったところ、3月20日、水質環境基準の450倍という極めて高い濃度のヒ素が検出された。4月3日には周辺の別の井戸からも高濃度のヒ素が見つかり、A井戸の西方約1キロメートルに位置する地点でも基準の43倍の濃度が確認されている。
神栖の一帯は地下水が豊富で、多くの家庭が井戸水を飲用や生活用水に使っていた。A井戸のある集合賃貸住宅では、1996年(平成8年)以降、11世帯30人がこの水を飲み続けていた。
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ジフェニルアルシン酸という物質
4月14日、A井戸の水から検出されたヒ素の正体が判明した。ジフェニルアルシン酸(DPAA)という有機ヒ素化合物で、通常の自然界には存在しない物質である。インドやバングラデシュなどで知られる大規模な地下水ヒ素汚染は自然の土壌に由来する無機ヒ素によるものだが、神栖の場合は人為的に作られた化合物だった。
この物質は、かつて化学兵器に用いられた物質の原料としても知られている。しかし毒性についての具体的な知見はほとんど蓄積されておらず、健康被害がどのように進むのか、どう治療すればよいのかを示す資料が存在しなかった。
環境省は動物実験を含む基礎研究を進め、体内での吸収と排泄、神経系への影響を調べていった。汚染された水を飲んだ住民の健康診査は、当初の対象から順次拡大され、A地区・B地区の134人にまで広げられている。
汚染源の発見と旧日本軍説の否定
環境省は2003年5月29日からA井戸周辺でレーダー探査とボーリング調査を始め、汚染源の絞り込みを進めた。そして2005年(平成17年)1月、A井戸の南東90メートルの地点、地下2〜4メートルの埋土層から、高濃度のジフェニルアルシン酸を含むコンクリート状の塊が見つかった。塊の総量は約87トン、含まれるヒ素の量はヒ素換算で約0.29トンと見積もられている。
この物質が旧日本軍の化学兵器と関連づけて語られることが多いが、環境省の調査結果はその見方を支持していない。旧軍関連施設と毒ガス兵器についての情報収集調査の結果、神栖市内にかつて存在した旧軍関連施設でジフェニルアルシン酸が製造・保有されていたことを示す情報は見つからなかった。
さらに、コンクリート状の塊やその周囲からは飲料用の缶が出土しており、製造年月日が判読できたもののうち最も古いものは1993年(平成5年)6月28日だった。環境省は、汚染源が1993年6月以降に何者かによって投棄された可能性が高いと結論づけている。投棄した者は特定されていない。
国による緊急措置事業
2003年6月、政府は「茨城県神栖町における有機ヒ素化合物汚染等への緊急対応策について」を閣議了解した。原因究明と健康被害への対応を急ぐため、国が関係する地方公共団体と協力して、健康被害に係る緊急措置、有機ヒ素化合物に関する基礎研究、環境モニタリング調査を実施するという枠組みである。
緊急措置事業では、ジフェニルアルシン酸にばく露したと認められる住民に対して健康診査を行い、医療費と療養に要する費用を支給して治療を促した。医療手帳が交付された人は、2006年(平成18年)9月時点で151人にのぼる。著しくばく露したと認められる人については、病歴や治療歴に関する健康管理調査が続けられている。
公害健康被害補償法などの既存の枠組みに当てはまらない汚染について、閣議了解を根拠として国が救済にあたった点が、この事案の制度上の特徴である。
残された課題
汚染源が掘り出されて以降も、地下水のモニタリングと住民の健康調査は続いている。ばく露した住民の症状は年ごとに変化しており、環境省の資料には、日常生活に不自由を感じると回答する人の割合が時期によって増減してきた経過が記録されている。ばく露時の年齢が低いほど影響が強く出る傾向も指摘された。
この事案が示したのは、生活用の井戸水という身近な経路で、既知の枠組みに収まらない化学物質による健康被害が起こりうるという事実である。原因物質の毒性についての知見がないところから研究を始めなければならず、救済と原因究明を同時並行で進める必要があった。
投棄の経緯が解明されていないことは、責任の所在が定まらないまま公費による救済が続いてきたことを意味する。地下に埋められた化学物質が長い年月を経て地下水に現れるという構図は、他の地域でも起こりうる問題として受け止められている。
経過
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2003年3月20日
平成15年事件・事故 飲用井戸から水質環境基準の450倍のヒ素が検出される
中枢神経症状を訴える住民を診た医師の指摘が発端となった。
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2003年4月14日
平成15年捜査 検出されたヒ素がジフェニルアルシン酸と特定される
自然界には存在しない有機ヒ素化合物であることが判明した。
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2003年6月
平成15年その他 政府が緊急対応策を閣議了解
健康被害に係る緊急措置、基礎研究、環境モニタリング調査を国が実施することとなった。
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2005年1月
平成17年捜査 汚染源とみられるコンクリート状の塊が地中から発見される
井戸の南東90メートル、地下2〜4メートルの埋土層から約87トンの塊が見つかった。
出典・公的資料
一次資料 1件 判決文・白書・調査報告書・法令など、原典にあたれる資料を掲載しています。
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調査報告書
環境省・茨城県・神栖市 2015年3月1日発行発覚の経緯、環境基準の450倍という検出値、汚染源のコンクリート状の塊(約87トン)、旧軍施設での製造・保有を示す情報がないこと、1993年6月以降の投棄の可能性が高いという結論を確認。
- その他
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「神栖町有機ヒ素汚染事件」事件JP、2026年9月8日閲覧。https://jiken.jp/cases/2003-kamisu-arsenic-contamination/
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更新履歴
- 2026年8月24日 初版公開
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