薬害・食品被害事件 6件/1955〜1987年
- 収録件数
- 6件
- 対象期間
- 1955〜1987年
- 死者数の合計
- 130人
- 最多の種別
- その他
表1 薬害・食品被害事件の一覧
| 発生年 | 事件 | 被害の原因と救済・規制の変化 |
|---|---|---|
| 1955年 | 森永ヒ素ミルク中毒事件 | 粉ミルクの安定剤に混じったヒ素で乳児1万2千人余りが中毒した。一度は「全快」とされたが、14年後の追跡調査で被害が続いていることが明らかになり、三者会談とひかり協会による恒久的な救済につながった。 |
| 1962年 | サリドマイド事件 | 睡眠薬などに含まれたサリドマイドで胎児に障害が生じた。国と製薬会社は1974年の和解確認書で責任を認め、事件は副作用報告制度や医薬品副作用被害救済制度の創設の契機となった。 |
| 1968年 | カネミ油症事件 | 米ぬか油にPCBとダイオキシン類が混入した食品被害。国が仮払金の返還を求めた問題は2007年の特例法で解決が図られ、2012年の救済法で医療費の支払いや健康実態調査が制度化された。 |
| 1970年 | スモン事件 | 整腸剤キノホルムの服用で約1万1千人の患者が報告された薬害。9つの地裁が国と製薬会社の責任を認め、1979年の和解確認書で恒久対策が始まった。 |
| 1985年 | 薬害エイズ事件 | 非加熱の血液製剤で血友病の患者らがHIVに感染した。1996年に国と製薬会社5社がHIV訴訟で和解し、厚生大臣が国の責任を認めて謝罪、薬事法の改正と「誓いの碑」の建立につながった。 |
| 1987年 | 薬害肝炎事件 | 止血用の血液製剤でC型肝炎ウイルスに感染した薬害。5地裁の判断が分かれるなか、2008年に議員立法の救済特措法で一律救済が実現し、国は被害の拡大を防げなかった責任を認めた。 |
図1 年代別の収録件数
収録している事件
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森永ヒ素ミルク中毒事件
1955年(昭和30年)、森永乳業徳島工場で製造された粉ミルクに、乳質安定剤として加えた第二燐酸ソーダを通じてヒ素が混入し、西日本を中心に粉ミルクを飲んだ乳児が中毒を起こした事件。8月24日に岡山県から厚生省へ報告され、原因が公表された。
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サリドマイド事件
睡眠薬や胃腸薬に含まれていたサリドマイドを妊娠初期に服用した母親から、手足や耳などに障害のある子どもが生まれた薬害事件。西ドイツでは1961年11月に製品が回収されたが、日本では販売が続き、1962年(昭和37年)5月に出荷が停止され、9月に販売停止と回収が発表された。
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カネミ油症事件
1968年(昭和43年)、北九州市のカネミ倉庫が製造した米ぬか油に、製造工程で熱媒体として使われていたPCB(カネクロール)が混入し、それを食べた人に皮膚の吹き出物や色素沈着などの健康被害が西日本一帯で広がった事件。
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スモン事件
整腸剤として広く使われたキノホルムの服用によって、下肢のしびれや歩行障害、視力障害などが起きる亜急性脊髄視神経症(スモン)が全国で多発した薬害事件。1955年ごろから患者が出始め、原因不明の「奇病」とされたが、厚生省は1970年(昭和45年)9月8日、…
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薬害エイズ事件
1980年代、外国で採取された血液を原料とする非加熱の血液凝固因子製剤によって、血友病の患者らがエイズの原因となるHIV(ヒト免疫不全ウイルス)に感染した薬害事件。1985年(昭和60年)5月30日、厚生省の委員会が血友病患者3人をエイズ患者と認定した。
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薬害肝炎事件
出産や手術での大量出血などの際に止血の目的で投与された血液製剤(フィブリノゲン製剤・血液凝固第IX因子製剤)によって、多くの人がC型肝炎ウイルスに感染した薬害事件。1987年(昭和62年)、青森県三沢市でフィブリノゲン製剤を投与された患者に肝炎が多発していることが厚生省に報告され、…
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「薬害・食品被害事件」事件JP、2026年10月28日閲覧。https://jiken.jp/theme/drug-food-harm/