熊本県の殺人事件一覧(9件)|災害、強盗、事故
熊本県で発生した事件を発生日の新しい順に掲載しています。
9 件
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熊本地震(2026年)
2026年(令和8年)7月28日16時27分、熊本県熊本地方を震源とするマグニチュード7.1の地震が発生し、宇城市・八代郡氷川町で最大震度7を観測した。熊本県内での震度7観測は2016年の熊本地震以来10年3か月ぶり。地震直後には嘉島町のイオンモール熊本で爆発が起き、八代市の日本製紙八代工場では煙突が倒壊して建物を直撃するなど、大規模な施設での犠牲が相次いだ。内閣府のまとめ(2026年10月5日時点)では、災害関連死の可能性がある2人を含め死者38人、負傷者376人、住家の全壊2,408棟・半壊7,802棟にのぼり、政府は激甚災害と特定非常災害に指定した。
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令和2年7月豪雨(熊本県球磨川氾濫)
2020年(令和2年)7月4日未明、熊本県南部の球磨川流域に線状降水帯が停滞し記録的な豪雨となった。人吉市・球磨村など13か所で球磨川とその支流が氾濫・決壊し、球磨村の特別養護老人ホームでは入所者14人が死亡するなど、熊本県内で67人が死亡した。
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熊本地震
2016年(平成28年)4月14日夜、熊本県熊本地方を震源とするマグニチュード6.5の地震(前震)が発生し、益城町で震度7を観測した。その約28時間後の4月16日未明には、同じく熊本地方を震源とするマグニチュード7.3の地震(本震)が発生し、西原村と益城町で再び震度7を観測した。同一地域で震度7が2回観測されたのは、震度7が設けられた1949年以降初めてであった。熊本県の集計(2025年4月時点)では死者は275人(警察が確認した直接死50人、災害関連死220人、同年6月の豪雨で地震との関連が認められた5人)にのぼり、大分県でも3人が災害関連死と認められた。熊本県内の住家被害は約19万8千棟に達し、県内の避難者は最大約18万4千人に及んだ。
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熊本3歳女児殺害事件
2011年(平成23年)3月3日夜、熊本市北区高平のスーパーで、家族と買い物に来ていた女児(当時3歳)が1人でトイレに向かった後に行方不明となり、翌4日に約1.3キロ離れた排水路で遺体で見つかった事件。近くに住む大学2年の男(当時20歳)が、多目的トイレでわいせつな行為をした後、首を絞めて殺害したとして、殺人・強制わいせつ致死・死体遺棄の罪で起訴された。熊本地裁の裁判員裁判は2012年に無期懲役を言い渡し、2013年6月に最高裁が上告を棄却して確定した。
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平成15年7月水俣豪雨災害
2003年7月20日未明、熊本県水俣市で梅雨前線と湿舌の影響による集中豪雨が発生し、市内2地区で大規模な土石流が発生した。19人が死亡、7人が負傷し、避難勧告の発令が土石流発生後となったことが後に対応の課題として指摘された。県内の物的被害額は約176億円にのぼった。
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熊本母娘殺害事件
1985年(昭和60年)7月24日未明、熊本県上益城郡甲佐町の民家で、女性(当時63歳)とその養女(当時22歳)が、侵入した男に殺害された。加害者の男は、1962年の殺人罪で無期懲役の判決を受け仮釈放中だった。1999年、死刑が執行された。
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大洋デパート火災
熊本市の大洋デパートで発生した火災。死者104人を出し、日本のデパート火災として史上最悪の惨事となった。
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水俣病
1956年(昭和31年)5月1日、熊本県水俣市のチッソ(当時は新日本窒素肥料)水俣工場附属病院の院長が、原因不明の神経疾患の患者が入院したことを水俣保健所に報告した。これが水俣病の「公式確認」である。原因は同工場の排水に含まれたメチル水銀化合物に汚染された魚介類で、政府が原因を認めたのは12年後の1968年だった。被害は不知火海沿岸に広がり、公害健康被害補償法による被認定者は熊本・鹿児島両県で2,284人(2026年1月末時点、環境白書の県別数値の合計)に上る。刑事裁判でチッソの元社長らの有罪が確定し、2004年には最高裁が国と熊本県の責任も認めた。
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免田事件
1948年(昭和23年)12月29日深夜から30日未明にかけて、熊本県人吉市の祈祷師夫婦宅に押し入り、夫婦を殺害し娘2人に重傷を負わせ、現金を奪った強盗殺人事件。近隣の男性・免田栄が逮捕され自白により死刑が確定したが、6次にわたる再審請求の末、1983年に再審無罪が確定した。死刑確定者が再審で無罪となった日本初の事例として知られる。
出典: https://jiken.jp/pref/kumamoto/(2026-10-30 取得)/ 事件JP