土呂久ヒ素公害 通称: 土呂久砒素公害
| 発生日 | 1971年11月(昭和46年) 1971年(昭和46年)の事件 |
|---|---|
| 経過 | 発生から54年11か月 |
| 発生場所 | 宮崎県 西臼杵郡高千穂町(土呂久地区) |
| 種別 | 災害 |
| 状態 | 終結 |
- 公害事件 — 四大公害と環境汚染旧鉱山での亜ヒ酸製造による慢性ヒ素中毒。1973年に救済地域に指定され、慢性砒素中毒症は公害健康被害補償法の指定疾病となった。最終鉱業権者を相手取った訴訟は1990年に最高裁で和解した。
亜ヒ酸を製造した鉱山
問題の提起と県の調査
公害病としての指定
知事のあっせんと補償
15年に及んだ裁判
健康観察と教訓の継承
経過
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1920年
大正9年その他 土呂久鉱山で亜ヒ酸の製造が始まる
断続的に1962年まで
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1962年
昭和37年その他 坑道の水没をきっかけに鉱山が操業を中止
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1971年11月
昭和46年その他 住民の健康被害の問題が提起され、県が調査を始める
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1972年7月
昭和47年捜査 県の社会医学的調査が過去の環境汚染を認める
慢性ヒ素中毒と思われる皮膚所見が7人に
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1972年12月28日
昭和47年その他 知事のあっせんで第1次の補償協定が成立
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1973年2月
昭和48年その他 救済法の救済地域に指定される
慢性砒素中毒症
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1975年12月
昭和50年公判 患者らが住友金属鉱山を相手に提訴
宮崎地方裁判所延岡支部
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1984年3月28日
昭和59年判決 一審判決が住友金属鉱山に約5億円の賠償を命じる
宮崎地方裁判所延岡支部
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1988年9月30日
昭和63年判決 控訴審判決が認容額を一審の6割に減額
福岡高等裁判所宮崎支部
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1990年10月31日
平成2年その他 最高裁で和解が成立、15年の訴訟が終わる
見舞金4億6,475万円余り
最高裁判所
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2020年3月
令和2年その他 鉱山跡の水質改善工事が終わる
出典・公的資料
一次資料 4件 判決文・白書・調査報告書・法令など、原典にあたれる資料を掲載しています。
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白書・統計資料
宮崎県 2025年1月1日発行鉱山の歴史、1971年11月の問題提起と社会医学的調査、第二種地域と指定疾病、認定患者223名(うち180名死亡)、知事あっせん(85名中82名、2億5,460万円)、健康観察検診、環境教育事業を確認
- 白書・統計資料
- 調査報告書
- その他
- その他
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その他
明治学院大学社会学・社会福祉研究 142号 2014年1月1日発行一審の認容額5億622万円、控訴審の3億857万円、1990年10月31日の和解と見舞金4億6,475万3,955円を確認
- 調査報告書
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「土呂久ヒ素公害」事件JP、2026年10月28日閲覧。https://jiken.jp/cases/1971-toroku-arsenic-pollution/
更新履歴
- 2026年10月15日 初版公開
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