事故の一覧(103件)・3ページ目
種別「事故」の事件を発生日の新しい順に掲載しています。
「事故」には、故意ではない人為的なミスや管理不備によって被害が生じた交通事故・火災・労働災害・レジャー事故などを分類しています。自然現象が直接の原因となった地震・台風・噴火などは「災害」に分類しています。掲載事件は、事故調査委員会の報告書や判決文、信頼できる報道機関の記事など公的資料に基づき事実関係を確認したうえで記録しています。
103 件
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玄倉川水難事故
1999年(平成11年)8月14日、神奈川県山北町の玄倉川で、大雨によるダム放流で増水した川の中州に取り残されたキャンプ客18人が、避難勧告を無視して留まり続けた末に濁流に流された。13人が死亡する惨事となり、増水時の避難のあり方を巡る議論を呼んだ。
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神扇スプレー倉庫爆発火災
1999年(平成11年)6月5日午後7時30分ごろ、埼玉県幸手市の物流倉庫で、保管されていた殺虫剤用エアゾール製品(スプレー缶)約236万本が連鎖的に爆発・炎上する火災が発生した。鎮火までに約35時間を要し、倉庫と事務所あわせて約5000平方メートルが全焼したが、人的被害はなかった。倉庫は消防法上必要な貯蔵許可や届出を受けておらず、消防庁は同月28日付でエアゾール製品の適正保管を求める通達を全国の消防機関に発出した。
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もんじゅナトリウム漏洩事故
福井県敦賀市の高速増殖原型炉「もんじゅ」で2次冷却系のナトリウムが漏えいした事故。事故映像の一部隠蔽が発覚し、動燃(当時)への批判が高まった。
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東名山北バス事故
1995年(平成7年)8月10日午前、神奈川県山北町の東名高速道路上り線で、過積載のトラックが小学生の社会科見学に向かう観光バスに追突した。バスに乗っていた児童1人、市職員1人、バスガイド1人の計3人が死亡し、41人が重軽傷を負った。
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千畳敷雪崩事故
1995年(平成7年)1月4日、長野県駒ヶ根市の中央アルプス・千畳敷カールで、冬季登山中の登山者6人が雪崩に巻き込まれて全員死亡した事故。千畳敷カールは駒ヶ岳ロープウェイの千畳敷駅から至近という利便性の高さから多くの登山者が訪れる一方、氷河地形に由来する急峻なカール壁が冬季に雪崩を頻発させる危険な地形としても知られている。事故後も同カールでは雪崩の発生がたびたび報告されており、冬山登山における雪崩リスクの周知が課題として指摘され続けている。
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中華航空140便墜落事故
1994年(平成6年)4月26日、台北発名古屋行きの中華航空140便が名古屋空港への着陸進入中に失速して墜落し、乗員乗客271人中264人が死亡した航空事故。
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日本エアシステム451便着陸失敗事故
1993年(平成5年)4月18日、岩手県の花巻空港に着陸しようとしていた日本エアシステム451便がウインドシアに遭遇してハードランディングとなり、機体が炎上した航空事故。乗員乗客77人全員が重軽傷を負ったが死者はなかった。
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信楽高原鐵道列車衝突事故
1991年(平成3年)5月14日午前10時35分ごろ、滋賀県甲賀郡信楽町(現・甲賀市)の信楽高原鐵道信楽線で、上り普通列車と下り臨時快速列車が正面衝突し、42人が死亡、628人が負傷した。信号トラブルの際の代用閉塞方式の運用の誤りが原因とされ、関係者が業務上過失致死傷罪で有罪となった。
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広島新交通システム橋桁落下事故
1991年(平成3年)3月14日午後2時5分頃、建設中だった広島新交通1号線(アストラムライン)広島市安佐南区上安の工事現場で、長さ63メートル・重さ60トンの鋼鉄製橋桁を据え付ける作業中、橋桁が10メートル下の県道に落下した。橋桁の下敷きになった車11台のうち9人と作業員5人の計14人が死亡し、9人が重軽傷を負った。
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日本航空123便墜落事故
1985年(昭和60年)8月12日、羽田発大阪行きの日本航空123便(ボーイング747SR)が群馬県多野郡上野村の御巣鷹の尾根に墜落した事故。乗員乗客524人のうち520人が死亡し、単独機の航空事故としては世界最悪の犠牲者数となった。運輸省航空事故調査委員会は、過去の修理ミスに起因する後部圧力隔壁の破壊を事故原因とする報告書を公表した。
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犀川スキーバス転落事故
1985年(昭和60年)1月28日午前5時45分頃、長野県長野市の犀川で、スキー場へ向かっていた日本福祉大学の学生らを乗せた観光バスが、国道19号沿いの大安寺橋手前のカーブでガードレールを突き破り、水深4メートル・水温4度の川へ転落した。学生22人・教員1人・乗務員2人の計25人が死亡し、8人が重軽傷を負った。運転手が事故前に2週間連続勤務していたことなどから過労運転が疑われたが、長野地検は科学的な立証が困難として1986年に全員を不起訴とした。
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世田谷局ケーブル火災
1984年(昭和59年)11月16日午前11時50分ごろ、東京都世田谷区太子堂の日本電信電話公社(電電公社)世田谷電話局近くの地下洞道で、ケーブル増設工事中に火災が発生した。約17時間燃え続け、通信ケーブルが焼失した結果、約8万9千の加入電話回線と複数の銀行のオンラインシステムが最大9日間にわたり使用不能となった。死傷者はいなかったが、110番・119番の緊急通報も一時機能を失い、大都市の通信インフラの脆弱性を社会に印象づける事故となった。
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蔵王観光ホテル火災
1983年(昭和58年)2月21日未明、山形県山形市蔵王温泉の「蔵王観光ホテル」で火災が発生し、木造4階建ての建物が全焼した。従業員5人・宿泊客6人の計11人が一酸化炭素中毒で死亡し、隣接する旅館7棟にも延焼した。経営者は業務上過失致死傷罪に問われ、1985年に禁錮2年・執行猶予3年の有罪判決を受けた。
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北炭夕張新炭鉱ガス突出事故
1981年(昭和56年)10月16日、北海道夕張市の北炭夕張新炭鉱で、海面下810メートルの坑道でガス突出事故が発生した事件。その後の坑内火災の拡大を防ぐための注水作業も含め、最終的に93人が死亡した。事故から1年後の1982年10月、炭鉱は閉山した。
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川治プリンスホテル火災
1980年(昭和55年)11月20日、栃木県塩谷郡藤原町(現・日光市)川治温泉の旅館「川治プリンスホテル雅苑」で火災が発生した。露天風呂解体工事中の火花が出火原因となり、防火管理の不備と誤った館内放送による避難の遅れが重なって、宿泊客ら45人が死亡、22人が負傷した。経営者の取締役専務は業務上過失致死傷罪に問われ、1990年に最高裁で実刑判決が確定。翌1981年には防火基準適合表示制度(適マーク制度)が導入された。
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静岡駅前地下街爆発事故
1980年(昭和55年)8月16日、静岡市の静岡駅前地下街で、湧水処理槽にたまったメタンガスへの引火をきっかけに2度の爆発が発生し、15人が死亡、223人が重軽傷を負った。事故後、地下街のガス保安基準が全国的に強化された。
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酒田大火
1976年(昭和51年)10月29日夕方、山形県酒田市中心部の映画館から出火し、台風並みの強風にあおられて延焼が拡大した大火。鎮火まで約12時間を要し、1774棟が焼失、死者1人・負傷者1003人、被害額は405億円に達した。戦後日本で4番目の規模とされる大火となった。
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大洋デパート火災
熊本市の大洋デパートで発生した火災。死者104人を出し、日本のデパート火災として史上最悪の惨事となった。
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北陸トンネル火災事故
1972年(昭和47年)11月6日未明、福井県敦賀市の北陸本線・北陸トンネル内を走行中の急行「きたぐに」の食堂車から出火し、乗客約760人のうち30人が死亡、714人が負傷した。当時トンネル内には消火・排煙設備がなく、列車がトンネル内で緊急停車したことで被害が拡大した。運輸省の特別監査報告書は国鉄の責任を明確に指摘し、以後の鉄道車両の防火対策強化につながった。
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千日デパート火災
1972年(昭和47年)5月13日深夜、大阪市南区(現・中央区千日前)の千日デパートビルで火災が発生し、118人が死亡、81人が負傷した。戦後日本のビル火災として最悪の惨事となったが、出火原因は特定に至らず、逮捕された工事関係者も証拠不十分で不起訴となった。この火災を契機に、雑居ビルの防火・避難対策に関する法整備が進んだ。
出典: https://jiken.jp/category/accident/?page=3(2026-09-15 取得)/ 事件JP