日本エアシステム451便着陸失敗事故 通称: 花巻空港航空機火災事故
| 発生日 | 1993年4月18日(平成5年) 1993年(平成5年)の事件 / 4月18日に起きた事件 |
|---|---|
| 経過 | 発生から33年6か月 |
| 発生場所 | 岩手県 花巻市(花巻空港) |
| 種別 | 事故 |
| 状態 | 終結 |
| 被害 | 死者 0人 負傷者 58人 |
1993年(平成5年)4月18日、名古屋発の日本エアシステム451便(DC-9-41型機)が岩手県の花巻空港に着陸する直前、強風下でウインドシアに遭遇してハードランディングし、機体が炎上した航空事故。乗員乗客77人は全員が脱出して死者はなかったが、58人が重軽傷を負った。着陸操作は、社内規則上は離着陸を行えない副操縦士が行っていた。
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事故の経過
1993年4月18日、日本エアシステムの定期451便(マクドネル・ダグラスDC-9-41型機、乗員5人・乗客72人の計77人)は、11時47分に名古屋空港を離陸し、岩手県の花巻空港へ向かった。操縦していたのは機長(当時51歳)ではなく、昇格から5か月の副操縦士(当時27歳)だった。同社の規則では、この経験の副操縦士が行えるのは上昇・巡航・降下・進入までで、離着陸を行わせることは規則違反だった。当日の花巻空港周辺には強風注意報が出ており、空港では風速11メートル、最大瞬間風速22メートルの西風が吹いていた。12時44分、同機は着陸直前に激しいウインドシアに遭遇して急激に降下し、通常の接地点より手前にハードランディングした。接地時に機体が受けた衝撃は6Gを超えたと推定され、右主翼の下から出火して機体は炎上した。
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緊急脱出と負傷者
機内は混乱したが、脱出指示から脱出完了までは86秒で、火災による死傷者はなかった。一方で、乗員1人と乗客2人の計3人が胸椎骨折などの重傷を、乗員4人と乗客51人の計55人が頸椎捻挫や打撲などの軽傷を負った。事故の影響で花巻空港は閉鎖され、運航が再開したのは3日後の4月21日だった。
事故調査とその後の対策
航空事故調査委員会は1994年12月2日に調査報告書を公表し、風向・風速が大きく変動する強風下で、ウインドシアに十分な警戒をしないまま着陸のための進入を行い、激しいウインドシアに遭遇して機体が急激に降下し、ハードランディングして火災が発生したものと推定した。報告書は、このような気象条件下では着陸復行(やり直し)も含めて安全上最適な措置をとるよう求めた。事故後、運輸省航空局は定期航空会社に安全運航の確保を通達し、日本エアシステムへの立入検査を経て1993年5月14日に業務改善勧告を行った。また各空港の管理者に対し、消防体制と救急医療体制の整備を求める通達も出している。
経過
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1993年4月18日
平成5年事件・事故 ウインドシアに遭遇しハードランディングとなり機体が炎上
乗員乗客77人のうち、重傷3人・軽傷55人。死者はなかった。
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1994年12月2日
平成6年その他 航空事故調査委員会が調査報告書を公表
出典・公的資料
一次資料 2件 判決文・白書・調査報告書・法令など、原典にあたれる資料を掲載しています。
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調査報告書
航空事故調査委員会(運輸安全委員会) 1994年12月2日発行運航区間(名古屋-花巻)、搭乗者77名と負傷者の内訳(重傷3名・軽傷55名)、事故原因の推定、所見、運輸省航空局と同社が講じた措置を確認
- その他
- 調査報告書
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「日本エアシステム451便着陸失敗事故」事件JP、2026年11月3日閲覧。https://jiken.jp/cases/1993-jas451-hanamaki-airport-accident/
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更新履歴
- 2026年9月28日 航空事故調査報告書に基づき、出発地(台北→名古屋)・負傷者数(全員→58人)・操縦者の規則違反を訂正し、事故後の措置を報告書の記載に置換、出典のない記述を削除、報告書を一次資料として追加
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