犀川スキーバス転落事故

発生日 1985年1月28日(昭和60年)
経過 発生から41年7か月
発生場所 長野県 長野市信更町下平(犀川、国道19号大安寺橋付近)
種別 事故
状態 終結
被害 死者 25人  負傷者 8人
1985年(昭和60年)1月28日午前5時45分頃、長野県長野市の犀川で、スキー場へ向かっていた日本福祉大学の学生らを乗せた観光バスが、国道19号沿いの大安寺橋手前のカーブでガードレールを突き破り、水深4メートル・水温4度の川へ転落した。学生22人・教員1人・乗務員2人の計25人が死亡し、8人が重軽傷を負った。運転手が事故前に2週間連続勤務していたことなどから過労運転が疑われたが、長野地検は科学的な立証が困難として1986年に全員を不起訴とした。
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事故の経過

1985年(昭和60年)1月28日午前5時45分頃、愛知県の日本福祉大学の学生・教員ら46人を乗せた三重交通の観光バスが、北志賀高原のスキー場へ向けて長野県内の国道19号を走行中、長野市信更町下平の犀川に架かる大安寺橋手前の左カーブで道路を逸脱し、ガードレールを突き破って水深約4メートル・水温4度の犀川へ転落した。乗客の多くは就寝中で、脱出できないまま冷たい川の中に閉じ込められた。学生22人、教員1人、運転手・添乗員の乗務員2人の合わせて25人が死亡し、8人が重軽傷を負った。
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原因をめぐる調査

警察の捜査では、事故直前のバスの速度が制限速度を超えていた可能性が指摘されたほか、運転手が事故当日までの約2週間にわたり休日なく連続勤務していたことが判明し、過労運転が事故の背景にあったのではないかとみられた。しかし、運転手自身も事故で死亡しており、居眠りや体調不良が直接の原因であったと客観的に立証することは難しい状況だった。

行政処分と不起訴

事故を受け、中部運輸局は1985年3月5日、運行会社の三重交通に対し、道路運送法に基づき観光バス278台のうち8台について14日間(延べ112日車)の使用停止を命じる行政処分を行った。これは当時の同種処分として最も重い水準だったとされる。一方、刑事責任については、長野地方検察庁が1986年6月30日、運転手らの過労が事故に直接結びついたことを科学的に立証するのは困難であるとして、関係者3人を不起訴処分とした。

その後の記憶と継承

事故現場付近には犠牲者を悼む慰霊碑が建立され、日本福祉大学は犠牲者の人数分の桜を植樹して追悼のよりどころとしてきた。事故から40年となる2025年1月30日には、大学関係者らが現地で追悼集会と法要を執り行い、若くして命を落とした学生らを悼んだ。

事故が投げかけた課題

犀川スキーバス転落事故は、貸切バス運転手の連続勤務による疲労が惨事につながりかねないことを社会に広く知らしめた事故の一つとされる。事故当時、貸切バス事業者に対する運転手の勤務時間管理は運行管理者の裁量に委ねられる部分が大きく、労働基準に基づく規制が徹底されていなかった。同種の過労運転が疑われる大型バス事故はその後も繰り返し発生しており、運転手の拘束時間・休息期間に関する基準の強化や、運行管理体制の見直しを求める議論の中でたびたび引き合いに出される事例となっている。

経過

  1. 1985年1月28日
    昭和60年

    事件・事故 観光バスが犀川へ転落

    学生22人・教員1人・乗務員2人の計25人が死亡、8人が重軽傷を負った。

  2. 1986年6月30日
    昭和61年

    その他 長野地方検察庁が関係者3人を不起訴処分

    運転手らの過労を科学的に立証することは困難と判断された。

出典・公的資料

関連する法律用語

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「犀川スキーバス転落事故」事件JP、2026年9月8日閲覧。https://jiken.jp/cases/1985-saigawa-ski-bus-crash/

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更新履歴

  • 2026年9月1日 初版公開

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