世田谷局ケーブル火災

発生日 1984年11月16日(昭和59年)
経過 発生から41年9か月
発生場所 東京都 世田谷区
種別 事故
状態 終結
被害 死者 0人  負傷者 0人
1984年(昭和59年)11月16日午前11時50分ごろ、東京都世田谷区太子堂の日本電信電話公社(電電公社)世田谷電話局近くの地下洞道で、ケーブル増設工事中に火災が発生した。約17時間燃え続け、通信ケーブルが焼失した結果、約8万9千の加入電話回線と複数の銀行のオンラインシステムが最大9日間にわたり使用不能となった。死傷者はいなかったが、110番・119番の緊急通報も一時機能を失い、大都市の通信インフラの脆弱性を社会に印象づける事故となった。
世田谷局ケーブル火災を象徴する概念イラスト
※イメージ画像(生成AIによる概念イラストであり、実際の現場・関係者を写したものではありません)
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火災の発生

1984年11月16日午前11時50分ごろ、東京都世田谷区太子堂にある電電公社世田谷電話局近くの地下洞道内で火災が発生した。通信ケーブルの増設工事中、トーチランプで鉛管を溶かす作業をしていたところ、その炎がポリエチレン製のケーブル被覆や詰め物に引火したとみられる。火災は約17時間にわたって燃え続け、翌17日午前4時37分に鎮火した。作業員2人が一時行方不明になったが、死傷者はいなかった。
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被害の拡大

洞道内を通っていた通信ケーブルが焼失し、世田谷区内を中心に約8万9千の加入電話回線が不通となった。三菱銀行は全国243支店、大和銀行は4県61支店でオンラインシステムが停止し、他の金融機関の一部業務にも影響が及んだ。警察電話や公衆電話、郵便局の業務にも支障が出たほか、110番・119番の緊急通報が機能しなくなり、消防庁は火の見櫓の半鐘やアマチュア無線を使った代替の通報体制、手紙で用件を伝える「伝言飛脚」などの応急対応を余儀なくされた。

復旧までの経過

電電公社は仮設ケーブルの敷設や迂回回線の設定を急いだ。11月20日に三菱銀行のオンラインシステムが復旧し、電電公社が全面復旧を宣言したのは発災から9日後の11月25日だった。都市機能を支える通信インフラが1週間以上にわたり麻痺する事態となった。

市民生活・事業所への影響

事故後の調査では、電話を頻繁に使う人ほど不安を強く感じ、仮設電話を多く利用する傾向が見られた一方、実際には利用者の約4分の3が「困らなかった、または少し困った程度」と回答した。事業所では約4分の3で減収がみられ、20〜30%の減少幅が多かったが、電話注文に依存する業種で影響が顕著だった一方、中小企業向けの緊急融資申請は27件にとどまり、地域経済の基盤を揺るがすほどの深刻な事態には至らなかった。

その後の対策

この事故は、大都市の通信網が一つの洞道火災によって広範囲に機能停止しうることを社会に強く印象づけた。電電公社(後のNTT)はこれを教訓に、難燃性のケーブル被覆材への切り替えや洞道内への防火壁の設置、火気を使う作業の管理強化など、通信設備の防災対策を大幅に見直した。

経過

  1. 1984年11月16日
    昭和59年

    事件・事故 世田谷電話局近くの地下洞道で火災発生

  2. 1984年11月17日
    昭和59年

    その他 鎮火(発災から約17時間後)

  3. 1984年11月25日
    昭和59年

    その他 電電公社が全面復旧を宣言

出典・公的資料

一次資料 3件 判決文・白書・調査報告書・法令など、原典にあたれる資料を掲載しています。

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レポート・記事などで本ページを参照する際は、以下の表記をご利用ください。

「世田谷局ケーブル火災」事件JP、2026年9月8日閲覧。https://jiken.jp/cases/1984-setagaya-cable-fire/

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更新履歴

  • 2026年8月12日 初版公開

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