広島新交通システム橋桁落下事故

結末 1996年3月、広島地裁が元請けの現場代理人に禁錮2年6か月の実刑、ほか2人に執行猶予付き禁錮を言い渡し、確定

発生日 1991年3月14日(平成3年) 1991年(平成3年)の事件 / 3月14日に起きた事件
経過 発生から35年7か月
発生場所 広島県 広島市安佐南区上安
種別 事故
状態 判決確定
被害 死者 14人  負傷者 9人
  • 事故・災害が変えた安全対策大規模建設工事における安全配慮義務のあり方を問い直し、住民説明会の充実など工事現場周辺の安全対策強化につながった。
1991年(平成3年)3月14日午後2時5分頃、建設中だった広島新交通1号線(アストラムライン)の広島市安佐南区上安の工事現場で、長さ63メートル・重さ60トンの鋼鉄製橋桁を降下させる作業中、橋桁が約10メートル下の県道に落下した。信号待ちをしていた車11台が押しつぶされ、車に乗っていた9人と作業員5人の計14人が死亡、9人が重軽傷を負った(重傷者1人はのちに事故による死亡と認定)。ジャッキの受台の組み方の誤りが直接の原因とされ、元請けの現場代理人ら3人が業務上過失致死傷罪で有罪となった。
広島新交通システム橋桁落下事故を象徴する概念イラスト
※イメージ画像(生成AIによる概念イラストであり、実際の現場・関係者を写したものではありません)
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事故の発生

1991年3月14日午後2時5分頃、建設中の広島新交通1号線(アストラムライン)の工事現場である広島市安佐南区上安2丁目で、長さ63メートル・幅1.7メートル・厚さ2メートル・重さ60トンの鋼鉄製の箱桁を、横取り降下工法で据え付ける作業が行われていた。その最中、桁を支えていたジャッキと受台がはじき飛ばされ、橋桁は半回転しながら約10メートル下の県道(現・広島県道38号)に落下した。 現場の県道は1日約1万5,000台が通る道路で、通行規制をすると渋滞が起きるとして、全面通行止めにしないまま架設工事が進められていた。
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アストラムラインという新交通システム

アストラムラインは、広島市中心部と郊外を結ぶ新交通システム(案内軌条式鉄道)として計画され、1994年のアジア競技大会開催にあわせた開業を目指して建設が進められていた。事故当時は建設工事の最盛期にあたり、市街地上空での大型構造物の架設作業が各所で進められていた。

被害の実態

落下した橋桁は、並行する県道の下り線で赤信号のため停車していた乗用車など11台を直撃した。車に乗っていた9人と、橋桁の上で作業中に投げ出された作業員5人の計14人が死亡し、9人が重軽傷を負った。重傷者のうち1人はのちに事故による死亡と認定されている。橋桁がクレーンで取り除かれたのは事故のおよそ2時間後で、車内の9人はほぼ即死の状態だった。

事故の原因

事故後、労働省(当時)の事故特別調査団が実験と解析によって原因を調べた。ジャッキの受台には、通常は井桁状に組むべきH型鋼が3段とも同じ方向に積み重ねられ、しかも集中荷重がかかる箇所にせん断補強のリブが入っていなかった。このため受台のH型鋼が変形し、3台のジャッキのうち2台の受台がほぼ同時に倒壊して桁が落下した。降下作業の際に桁の転落を防ぐワイヤも張られていなかった。 間接的な要因としては、降下作業の作業計画が作成されていなかったこと、監督員がこの工法に不慣れだったこと、景観を重視した設計で桁の重心が片側に偏っていたことが挙げられている。元請けの工事統括責任者は、降下作業の予定を知りながら現場にいなかった。1994年のアジア競技大会に向けて市内各所で工事が集中し、熟練した作業員が不足していたことも背景にあったとされる。

刑事責任と行政処分

広島県警察は、業務上過失致死傷の疑いで広島市役所と、工事を請け負った橋梁メーカーのサクラダ(本社・千葉県市川市)を家宅捜索した。1996年3月、広島地方裁判所は現場代理人に禁錮2年6か月の実刑、橋梁工事部長(工事統括責任者)に禁錮2年・執行猶予3年、現場代理人補佐に禁錮2年6か月・執行猶予4年を言い渡し、この地裁判決が確定した。発注者である広島市の刑事責任は問われなかった。施工業者は指名停止や営業停止などの行政処分を受け、サクラダはその後業績が低迷して2012年に破産を申請している。

失敗事例としての教育的活用

本事故は、失敗知識データベースの「失敗百選」にも収録され、H型鋼を同じ方向に積み重ねることの危険性や、降下作業時の転落防止措置の必要性が教訓としてまとめられている。事故後、広島市は工事中に交通規制を行わない方針を転換し、迂回路を設けて県道を全面通行止めにしたうえで、クレーンで直接架設する工法に変更した。

事故の教訓と建設業界への影響

アストラムラインは事故後も建設が続けられ、1994年8月に開業した。現場近くの上安駅南側の階段下には翌1992年3月に慰霊碑が建立され、事故のあった日には毎年、広島市長らが訪れて安全を誓っている。

損害賠償請求訴訟

遺族らは施工業者と発注者の広島市を相手取り、損害賠償を求める民事訴訟を起こした。1998年3月24日の広島地方裁判所判決は、広島市についても事故の予見可能性と注意義務を認め、施工業者とともに賠償責任があるとした。しかし広島市が控訴した後、原告側は迅速な解決を求めて市に対する請求を放棄したため、市の責任を認めた一審判決は法的な拘束力を失った。

審理・経過の流れ

  1. 事件・事故 1991年3月14日
  2. 判決 1996年3月 +1,814日
  3. 判決 1998年3月24日 +753日

経過

  1. 1991年3月14日
    平成3年

    事件・事故 建設中の橋桁が道路に落下

    アストラムライン建設現場の橋桁が落下し、14人が死亡した。

  2. 1994年8月20日
    平成6年

    その他 アストラムラインが開業

  3. 1996年3月
    平成8年

    判決 広島地方裁判所が現場代理人ら3人に有罪判決

    現場代理人に禁錮2年6か月の実刑、橋梁工事部長と現場代理人補佐に執行猶予付きの禁錮刑。この地裁判決が確定した。

    広島地方裁判所

  4. 1998年3月24日
    平成10年

    判決 損害賠償請求訴訟で広島地方裁判所が広島市の責任も認める

    控訴審で原告側が市への請求を放棄した。

    広島地方裁判所

出典・公的資料

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「広島新交通システム橋桁落下事故」事件JP、2026年10月27日閲覧。https://jiken.jp/cases/1991-hiroshima-astram-line-girder-collapse/
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更新履歴

  • 2026年10月19日 刑事裁判の地裁判決が確定したことを追記
  • 2026年9月29日 事実精度監査:刑事判決の時期(1996年3月)を訂正、事故原因と交通規制をしなかった経緯を追記、死亡認定の経緯を併記、民事訴訟の経過を修正、出典のない記述(送迎バス、判例研究・住民説明会への影響)を削除
  • 2026年8月19日 初版公開

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