もんじゅナトリウム漏洩事故

発生日 1995年12月8日(平成7年) 1995年(平成7年)の事件 / 12月8日に起きた事件
経過 発生から30年10か月
発生場所 福井県 敦賀市
種別 事故
状態 終結
福井県敦賀市の高速増殖原型炉「もんじゅ」で2次冷却系のナトリウムが漏えいした事故。事故映像の一部隠蔽が発覚し、動燃(当時)への批判が高まった。
もんじゅナトリウム漏洩事故を象徴する概念イラスト
※イメージ画像(生成AIによる概念イラストであり、実際の現場・関係者を写したものではありません)
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事故の経過

1995年12月8日19時47分ごろ、福井県敦賀市の高速増殖原型炉「もんじゅ」で、試運転中に2次冷却系の配管に設置された温度計のさや管が破損し、冷却材として使われていた金属ナトリウムが漏えいする事故が発生した。漏えいは3時間以上続き、総量で約0.7トン(日本原子力研究開発機構の推定では約640キログラム)のナトリウムが漏れ出し、空気に触れて発火した。ナトリウムは水や空気と激しく反応する性質を持つため、原子炉の運転員らは対応に苦慮した。
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事故原因

事故後の調査で、温度計のさや管がナトリウムの流れによって振動し、高サイクル疲労によって破損したことが直接の原因と判明した。設計段階での振動評価が不十分であったことが背景として指摘され、高速増殖炉という当時まだ実用化例の少ない技術特有の設計上の課題が浮き彫りになった。

事故映像の隠蔽問題

事故そのものに加え、動力炉・核燃料開発事業団(動燃)が事故直後の現場を撮影したビデオを短く編集し、それをオリジナルとして提供していたことが1995年12月25日に判明し、「事故隠し」として大きな批判を招いた。動燃側は、現場の映像が刺激的で説明なしの公開は不安をあおると判断したとしている。さらに動燃は1996年1月12日の記者会見で、隠蔽が判明した日付を実際より後の日付と偽って説明した。翌13日には、ビデオ隠しの内部調査を担当していた動燃の総務部次長が遺体で見つかり、福井県警は自殺と発表した。組織としての情報公開のあり方が厳しく問われることとなった。

その後の経緯と廃炉

もんじゅはその後長期間停止した状態が続き、2010年5月に運転を再開したものの、同年8月に炉内中継装置の落下事故(本サイト別掲の「もんじゅ炉内中継装置落下事故」)が発生し、再び運転できない状態となった。建設・運営に1兆円規模の費用が投じられながら、22年間の稼働日数はわずか250日にとどまり、政府は2016年12月21日、もんじゅの廃炉を正式に決定した。日本の高速増殖炉開発計画そのものの行き詰まりを象徴する事故として記憶されている。

高速増殖炉という技術の特殊性

高速増殖炉は、消費した以上の核燃料(プルトニウム)を生み出すことができるとされる次世代の原子炉技術で、資源に乏しい日本にとってエネルギー安全保障上の切り札と位置づけられていた。冷却材に水ではなく金属ナトリウムを用いる点が技術的な難しさの一つであり、もんじゅの事故は、この技術特有のリスク管理の難しさを浮き彫りにした。

経過

  1. 1995年12月8日
    平成7年

    事件・事故 もんじゅで2次冷却系のナトリウムが漏えい

  2. 1995年12月25日
    平成7年

    その他 事故映像の一部隠蔽が発覚

  3. 2010年8月26日
    平成22年

    その他 運転再開後、炉内中継装置落下事故が発生し再び停止

    別事件として当サイトに掲載。

  4. 2016年12月21日
    平成28年

    その他 政府がもんじゅの廃炉を正式決定

出典・公的資料

一次資料 2件 判決文・白書・調査報告書・法令など、原典にあたれる資料を掲載しています。

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「もんじゅナトリウム漏洩事故」事件JP、2026年11月2日閲覧。https://jiken.jp/cases/1995-monju-sodium-leak/
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更新履歴

  • 2026年9月28日 事故映像の隠蔽問題の経過(虚偽の記者会見と内部調査担当者の死亡)を具体化し、漏えい量の推定値を併記

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