玄倉川水難事故

発生日 1999年8月14日(平成11年) 1999年(平成11年)の事件 / 8月14日に起きた事件
経過 発生から27年2か月
発生場所 神奈川県 足柄上郡山北町(玄倉川)
種別 事故
状態 終結
被害 死者 13人  負傷者 5人
1999年(平成11年)8月14日、神奈川県山北町の玄倉川で、大雨によるダム放流で増水した川の中州に取り残されたキャンプ客18人が、避難勧告を無視して留まり続けた末に濁流に流された。13人が死亡する惨事となり、増水時の避難のあり方を巡る議論を呼んだ。
玄倉川水難事故を象徴する概念イラスト
※イメージ画像(生成AIによる概念イラストであり、実際の現場・関係者を写したものではありません)
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事故の経過

1999年8月13日、神奈川県山北町を流れる玄倉川の中州で、会社の同僚グループとその家族ら総勢25人がキャンプをしていた。同日午後から雨が降り始め、玄倉ダムの管理職員が巡視を行い、ハンドマイクで増水の危険性を警告して退避を呼びかけた。多くのキャンパーはこれに従って避難したが、一部の18人はキャンプを継続した。翌14日にかけて雨は強まり続け、同日午前11時38分ごろ、増水した川の水位はキャンパーの胸の高さにまで達し、集まっていた救助隊員や報道関係者が見守る中、18人全員が濁流に流された。1歳の男児を抱いていた伯父が、とっさに子どもを岸に向かって投げて救出されたが、この子どもの父親や姉ら大人3人・子ども1人を除く13人は、下流の堰堤から流れ落ちて行方が分からなくなった。
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事故の影響

事故前日から当日にかけて、丹沢湖に近い観測地点では1時間に10ミリを超える雨が断続的に降り続き、事故発生までの総雨量は100ミリを超えていた。ダム職員による再三の警告や避難の呼びかけがあったにもかかわらず、キャンパー側がこれに応じなかった経緯から、事故は自然の脅威を軽視したことによる悲劇として大きく報じられ、その後のキャンプ場の安全管理や増水時の避難誘導のあり方を巡る議論を喚起した。救助・捜索活動には多数の人員が投入され、地元自治体や警察が負担した費用は山北町の負担額は4,800万円、神奈川県警察の人件費(同日発生の別件事故分を含む)は1億円にのぼったとされ、警告を無視した末の事故に多額の公費が投じられたことにも批判が集まった。また気象庁は、この事故を一つの契機として、翌年から台風や熱帯低気圧の勢力を表す際に「弱い」「小型」といった、危険性を過小評価させかねない表現の使用を取りやめることとなった。事故を起こしたグループが同じ会社に勤める同僚を中心とした集団だったこともあり、当時のマスコミ報道では、避難を拒み続けたグループのリーダー格の人物や、その勤務先の企業に対する批判も相次いだ。増水した川からの救助・避難のあり方を伝える教材として、この事故は長く防災教育の場で取り上げられ続けている。

経過

  1. 1999年8月14日
    平成11年

    事件・事故 キャンプ客18人が濁流に流される

    13人が死亡。

出典・参考資料

この事件については、判決文・調査報告書などの一次資料をまだ確認できていません。以下は報道・文献などの参考資料です(出典の方針)。

さらに調べるには

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「玄倉川水難事故」事件JP、2026年10月30日閲覧。https://jiken.jp/cases/1999-kurokuragawa-flood-accident/
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更新履歴

  • 2026年9月26日 捜索・救助費用の表現を内訳併記に修正(過小評価だった合算額を訂正)
  • 2026年7月17日 初版公開

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