事件一覧
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508 件が見つかりました
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克美茂愛人殺害事件
1976年(昭和51年)5月、歌手の克美茂が交際していた女性を東京都港区のマンションで殺害し、遺体を羽田空港の駐車場に遺棄した事件。
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平安神宮放火事件
1976年(昭和51年)1月6日未明、京都市左京区の平安神宮で、新左翼活動家の男が内拝殿に放火し、本殿など主要な社殿が全焼した。祭神である桓武天皇の政治を批判する独自の主張が動機とされる。放火罪に問われた男の裁判では、社殿全体が一個の「現住建造物」に当たるかが争点となり、1989年7月14日に最高裁判所第三小法廷が上告を棄却し、現住建造物等放火罪の成立を認めて有罪が確定した。この判例は、複数の建物が渡り廊下等で接続された建造物の一体性を判断する基準を示した重要な先例として、刑法学で広く参照されている。
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佐賀女性7人連続殺人事件
1975年(昭和50年)から1989年(平成元年)にかけて、佐賀県杵島郡北方町(現・武雄市)を中心とする半径約20キロの範囲で、女性7人が相次いで行方不明となり遺体で発見された。7件中6件の被害者が水曜日に失踪していたことから連続性が指摘された。2002年、最後の3件(北方事件)について男性1人が逮捕・起訴されたが、佐賀地方裁判所は2005年5月に無罪を言い渡し、2007年3月の福岡高等裁判所判決でも無罪が支持されて確定した。判決は物証の乏しさを指摘し、取調べで作成された上申書の証拠価値を否定している。7件はいずれも解決に至らないまま公訴時効を迎えた。
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クアラルンプール事件
1975年(昭和50年)8月4日、マレーシアの首都クアラルンプールで、日本赤軍のメンバー5人がアメリカ総領事館とスウェーデン大使館の入居するビルを襲撃・占拠し、総領事ら52人を人質に立てこもった事件。犯人グループは日本国内で勾留・服役中の活動家7人の釈放を要求し、日本政府は「超法規的措置」としてこれに応じた。占拠は8月8日、犯人グループがリビアへ出国・投降して終結し、人質は全員解放された。
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三菱重工爆破事件
1974年(昭和49年)8月30日、東京・丸の内の三菱重工業本社ビルで時限爆弾が爆発し、8人が死亡、376人が重軽傷を負った。過激派組織「東アジア反日武装戦線」による一連の企業爆破テロの一つで、主犯格には死刑判決が確定した。
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大洋デパート火災
熊本市の大洋デパートで発生した火災。死者104人を出し、日本のデパート火災として史上最悪の惨事となった。
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北陸トンネル火災事故
1972年(昭和47年)11月6日未明、福井県敦賀市の北陸本線・北陸トンネル内を走行中の急行「きたぐに」の食堂車から出火し、乗客乗員約760人のうち30人が死亡、714人が負傷した。当時の運転規程に従って列車がトンネル内で停止し、その後の停電で動けなくなったうえ、トンネルには換気・排煙設備がなかったため煙が充満して被害が拡大した。運輸省の命令による国鉄監査委員会の特別監査報告書は事故の責任が国鉄にあると結論づけ、以後の車両の難燃化や長大トンネルの防災対策につながった。
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繁藤災害
1972年7月5日、昭和47年7月豪雨のさなか、高知県香美郡土佐山田町繁藤(現在の香美市)で起きた大規模な山崩れ。記録的な集中豪雨の中、早朝の小さな山崩れで生き埋めになった消防団員を救出していた人たちを、午前10時55分ごろに起きた大崩壊が直撃し、消防団員や町職員、救助に協力していた住民、取材中の記者らが犠牲になった。死者は60人、負傷者は8人にのぼった。救助活動中に被災した「二次災害」として、国会でも消防・防災のあり方が問われた。
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千日デパート火災
1972年(昭和47年)5月13日夜、大阪市南区(現・中央区千日前)の千日デパートビル3階から出火し、煙が流れ込んだ7階のアルバイトサロン「プレイタウン」を中心に118人が死亡、81人が負傷した。戦後日本のビル火災として最悪の惨事。出火原因は特定されず、逮捕された工事監督は不起訴となったが、防火管理の責任を問われたデパートの管理課長ら3人の有罪が1990年に確定した。この火災を契機に、雑居ビルの防火・避難対策に関する法整備が進んだ。
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外務省秘密漏洩事件
1972年(昭和47年)4月4日、毎日新聞政治部記者の西山太吉が、1971年の沖縄返還協定に伴う日米間の密約(米軍施設の原状回復補償費の日本側肩代わり)を示す外務省の極秘電信文案を、外務省の女性事務官から入手し社会党議員に渡して国会で暴露させたとして、事務官とともに国家公務員法違反(秘密漏示のそそのかし・守秘義務違反)容疑で逮捕された事件。東京地裁は西山を無罪としたが、東京高裁で逆転有罪となり、1978年5月31日、最高裁が上告を棄却する決定を出して有罪が確定した。最高裁の決定は取材の自由の重要性自体は認めつつ、取材の手段が著しく反社会的な場合には違法性を帯びるとの基準を示し、国家秘密と国民の「知る権利」をめぐる代表的判例となった。
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八丈島東方沖地震
1972年(昭和47年)2月29日午後6時23分ごろ、八丈島東方沖を震源とするマグニチュード7.0の地震が発生し、八丈島で震度5を観測した。家屋の一部破損271棟、道路の破損258か所、崖崩れ16か所などの被害が出た。同年12月4日にも同じ海域でマグニチュード7.2の地震が発生し、八丈島で24年ぶりとなる震度6を観測した。
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新宿クリスマスツリー爆弾事件
1971年(昭和46年)12月24日午後7時過ぎ、東京都新宿区新宿三丁目の警視庁四谷警察署追分派出所付近で、クリスマスツリーに偽装した手製爆弾が爆発した事件。臨場した警察官が重傷を負ったほか、通行人6人が重軽傷を負った。新左翼系グループによる犯行で、民間人を巻き込む無差別テロとして警視庁が異例の警戒態勢をとる契機となった。
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土呂久ヒ素公害
宮崎県西臼杵郡高千穂町の土呂久地区で、旧土呂久鉱山が大正時代から昭和37年(1962年)まで断続的に行った亜ヒ酸の製造によって、住民に慢性ヒ素中毒の健康被害が生じた公害。1971年11月に地元から健康被害の問題が提起され、県の調査で過去の環境汚染と被害者の存在が明らかになった。1973年に国の救済地域に指定され、慢性砒素中毒症は公害健康被害補償法の指定疾病となった。最終鉱業権者の住友金属鉱山を相手取った訴訟は、1990年に最高裁で和解した。認定患者は2025年3月末までに累計223人にのぼる。
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朝霞自衛官殺害事件
1971年(昭和46年)8月21日夜、埼玉県朝霞市の陸上自衛隊朝霞駐屯地で、警備任務中の自衛官・一場哲雄士長(当時21歳)が、「赤衛軍」を名乗る学生らに襲撃され殺害された事件。犯人グループは武器弾薬を奪う目的で、自衛官の制服・制帽を着用して車両で駐屯地に侵入したとされる。
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全日空機雫石衝突事故
1971年(昭和46年)7月30日、東京発千歳行きの全日空58便(ボーイング727型機)と、編隊飛行訓練中の航空自衛隊F-86F戦闘機の訓練機が岩手県岩手郡雫石町上空で空中衝突した。訓練機の訓練生はパラシュートで脱出して助かったが、全日空機は空中分解し、乗客155人・乗員7人の計162人全員が死亡した。事故調査委員会は、教官が訓練空域を逸脱してジェットルートに入ったことに気づかず訓練を続けたことを第1の原因とした。刑事裁判では、最終的に1983年、最高裁判所が教官に禁錮3年・執行猶予3年を言い渡し、訓練生は無罪となった。
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ばんだい号墜落事故
1971年(昭和46年)7月3日夕、東亜国内航空63便「ばんだい号」(YS-11型機)が札幌の丘珠空港から函館空港へ向かう途中、函館北方の横津岳(亀田郡七飯町)に墜落し、乗員乗客68人全員が死亡した。北海道最悪の航空事故。事故調査委員会は、操縦者が無線標識の位置を誤認し、強風で機体が北へ押し流されたことが原因と推定した。
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三島由紀夫事件
1970年(昭和45年)11月25日、作家・三島由紀夫が自ら主宰する民兵組織「楯の会」のメンバー4人とともに陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地(東京都新宿区)を訪れ、東部方面総監を人質に取って自衛隊員に決起を呼びかけたのち、割腹自殺した事件。三島と会員1人が死亡し、他の会員3人は逮捕された。戦後日本を代表する作家による衝撃的な最期として、国内外に大きな衝撃を与えた。
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スモン事件
整腸剤として広く使われたキノホルムの服用によって、下肢のしびれや歩行障害、視力障害などが起きる亜急性脊髄視神経症(スモン)が全国で多発した薬害事件。1955年ごろから患者が出始め、原因不明の「奇病」とされたが、厚生省は1970年(昭和45年)9月8日、キノホルム剤の販売中止と使用見合わせの措置をとり、その後新たな患者は激減した。研究班が把握した患者は約1万1千人に上る。各地の訴訟で9つの地方裁判所が国と製薬会社の責任を認め、1979年の和解確認書と医薬品副作用被害救済基金法の制定につながった。
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瀬戸内シージャック事件
1970年(昭和45年)5月12日、広島港に停泊中の旅客船がライフル銃を持った男に乗っ取られ、乗客・乗員が人質となった事件。船は瀬戸内海を航行した末、翌日、投降を拒んだ男が警察官に射殺されて終結した。
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天六ガス爆発事故
1970年(昭和45年)4月8日、大阪市大淀区(現・北区)の大阪市営地下鉄谷町線延長工事現場で都市ガス管の継手が抜け、漏洩したガスに引火して爆発が発生した。大阪万博開催中に起きた戦後最大級の都市型災害で、死者79人、重軽傷者420人を出し、施工業者や大阪市交通局の職員が刑事責任を問われた。
出典: https://jiken.jp/cases/?page=18(2026-10-31 取得)/ 事件JP