住友財閥令嬢誘拐事件
| 発生日 | 1946年9月17日(昭和21年) |
|---|---|
| 経過 | 発生から79年10か月 |
| 発生場所 | 神奈川県 横浜市戸塚区東俣野町 |
| 種別 | 誘拐・監禁 |
| 状態 | 判決確定 |
| 被害 | 死者 0人 負傷者 0人 |
1946年(昭和21年)9月17日、横浜市戸塚区で、住友財閥16代当主の長女(当時12歳)が下校途中に何者かに連れ去られた事件。犯人は樋口芳男(当時22歳)で、身代金目的ではなく「良家の娘と一緒にいたい」という動機から複数の少女を狙って犯行を重ねていた常習犯だった。5日後の9月22日、岐阜県で樋口が逮捕され、少女は無事保護された。
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事件の経過
1946年(昭和21年)9月17日、横浜市戸塚区東俣野町で、住友財閥16代当主・住友吉左衛門家の長女(白百合高等女学校在学中、当時12歳)が下校途中に男に連れ去られた。脅迫状や身代金を要求する電話などは一切なく、犯人の目的は当初不明のまま、警察は公開捜査に踏み切った。犯人の樋口芳男(当時22歳)は国鉄の機関助手で、東京-沼津間の勤務を通じて、沼津から湘南地域にかけて別荘を構える良家の子女に接する機会があったことが、犯行を重ねる素地になったとされる。樋口は戦時中の1944年にも松平子爵家の女子学習院初等科の児童を連れ去って逮捕され、八王子少年刑務所に収監されていたが、1945年7月31日に脱走していた。樋口は身代金目的ではなく「良家の娘といっしょにいたい」という動機から、これまでに16人もの少女を誘拐していた常習犯だった。
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犯人の逮捕とその後
事件発生から5日後の9月22日、樋口は岐阜県内で逮捕され、少女は無事に保護された。裁判で樋口には懲役10年の判決が言い渡されて服役したが、サンフランシスコ講和条約に伴う恩赦を受けて刑期が短縮され、1954年1月に出所した。戦後初の誘拐事件として世間の耳目を集めた一方、被害者の家族側から「本人を傷つけたくない」との申し入れがあったため、当時の新聞は事件の詳細をほとんど報じなかったとされる。財閥令嬢という象徴的な被害者像を持つこの事件は、戦後日本における誘拐事件をめぐる報道と被害者保護のあり方を考える上でも取り上げられることがある。
経過
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1946年9月17日
昭和21年事件・事故 住友家令嬢が下校途中に連れ去られる
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1946年9月22日
昭和21年逮捕 樋口芳男、岐阜県で逮捕・令嬢保護
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1954年1月
昭和29年その他 恩赦により出所
出典・公的資料
- その他
- その他
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「住友財閥令嬢誘拐事件」事件データベース jiken.jp、2026年7月29日閲覧。https://jiken.jp/cases/1946-sumitomo-heiress-kidnapping/
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更新履歴
- 2026年7月23日 初版公開
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