昭和電工事件
| 発生日 | 1948年9月13日(昭和23年) |
|---|---|
| 経過 | 発生から77年10か月 1962年11月1日の確定から63年8か月 |
| 発生場所 | 東京都 千代田区(東京地方検察庁) |
| 種別 | 汚職・政治事件 |
| 状態 | 判決確定 |
1948年(昭和23年)9月13日、復興金融金庫からの融資をめぐる贈収賄事件「昭和電工事件」で、大蔵省主計局長の福田赳夫が収賄容疑で逮捕された。同年6月、化学メーカー・昭和電工の社長・日野原節三が政官界への贈賄容疑で逮捕されたことに端を発し、捜査は経済安定本部総務長官や芦田均内閣の前副総理にまで及んだ。事件の影響で同年10月、芦田内閣は総辞職に追い込まれた。
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事件の経過
復興金融金庫(復金)からの融資獲得をめぐり、化学メーカー・昭和電工の社長・日野原節三は、肥料工場拡充のための23億円余りの融資を得ようと、政官界に対して多額の資金を提供していた。1948年6月23日、日野原は商工省(現・経済産業省)の課長らへの贈賄容疑で逮捕され、事件が発覚した。捜査は次第に政界中枢へと及び、同年9月13日、大蔵省主計局長の福田赳夫(後の内閣総理大臣)が10万円の収賄容疑で逮捕された。
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芦田内閣総辞職と裁判の結果
同年9月30日には経済安定本部総務長官の栗栖赳夫が30万円の収賄容疑で逮捕され、10月6日には芦田均内閣の前副総理・西尾末広が100万円の収賄容疑で逮捕された。政権の中枢にまで及んだ疑惑を受け、芦田内閣は翌10月7日、総辞職に追い込まれた。その後の裁判では、1962年4月13日の最高裁判決で日野原節三に懲役1年・執行猶予5年、同年11月には栗栖赳夫に懲役8か月・執行猶予1年の有罪が確定した一方、福田赳夫を含む多くの政治家は無罪が確定した。事件の背景には、GHQ内部の権力闘争があったことも指摘されている。当初、民主化政策を進める民政局(GS)の高官の名前も取り沙汰されて同局は威信を失い、対照的に反共工作を担う参謀第2部(G2)の発言力が強まった。これを機にGHQの占領政策は保守的な方向へ転換したとされ、単なる贈収賄事件にとどまらず、占領期の権力構造そのものに影響を及ぼした事件として位置づけられている。
経過
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1948年6月23日
昭和23年逮捕 日野原節三、商工省課長らへの贈賄容疑で逮捕
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1948年9月13日
昭和23年逮捕 福田赳夫、収賄容疑で逮捕
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1948年9月30日
昭和23年逮捕 栗栖赳夫、収賄容疑で逮捕
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1948年10月6日
昭和23年逮捕 西尾末広、収賄容疑で逮捕
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1948年10月7日
昭和23年その他 芦田内閣、総辞職
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1962年4月13日
昭和37年判決 日野原節三、懲役1年・執行猶予5年が確定
最高裁判所
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1962年11月
昭和37年判決 栗栖赳夫、懲役8か月・執行猶予1年が確定
最高裁判所
出典・公的資料
- その他
- その他
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「昭和電工事件」事件データベース jiken.jp、2026年7月29日閲覧。https://jiken.jp/cases/1948-showa-denko-scandal/
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更新履歴
- 2026年7月23日 初版公開
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