渋谷事件
結末 1946年12月、占領下の軍事裁判で主犯格に懲役3年、ほか37人に懲役2年などの判決が言い渡された
| 発生日 | 1946年7月19日(昭和21年) 1946年(昭和21年)の事件 / 7月19日に起きた事件 |
|---|---|
| 経過 | 発生から80年3か月 |
| 発生場所 | 東京都 渋谷区 |
| 種別 | その他 |
| 状態 | 判決確定 |
| 被害 | 死者 3人 負傷者 40人 |
1946年(昭和21年)7月19日夜、東京都渋谷区の渋谷警察署前で、警察官・暴力団関係者の連合隊と、武装した在日台湾人グループとの間で銃撃戦が発生した。警察官1人と在日台湾人が死亡し、双方あわせて多数の負傷者を出した。同年12月、占領目的阻害罪により関係者に有罪判決が言い渡された。
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事件の背景
終戦直後の東京では、闇市を巡る利権を背景に、警察・暴力団関係者と在日外国人グループとの間で緊張が高まっていた。連合国軍総司令部(GHQ)は1945年11月、朝鮮人・台湾人などを法的に「解放国民」として扱う方針を示しており、統治や取り締まりの権限をめぐって、日本側の警察・行政と在日外国人側との間で立場の解釈が食い違うことが多かった。渋谷区宇田川町の闇市には、戦後まもなく在日台湾人系住民の団体が拠点を構えており、露天商の営業権をめぐって地元の警察や暴力団との間でたびたび摩擦が生じていた。1946年7月17日・18日、渋谷警察署は宇田川町の闇市で一斉取り締まりを実施し、警察官と露天商グループとの間で乱闘が発生していた。
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事件の経過
1946年7月19日午後9時ごろ、渋谷警察署前で、警視庁渋谷警察署の警察官、暴力団関係者らによる連合隊と、武装した在日台湾人グループとの間で銃撃戦に発展した。この衝突により、警察官1人と在日台湾人2人が死亡し、双方あわせて数十人が負傷した。事件後日に死亡が確認された者を含めると、在日台湾人側の死者数はさらに増えたとする記録もある。
裁判とその後
事件は連合国軍占領下にあったため、通常の刑事裁判ではなく軍事裁判の形式で審理された。1946年12月10日、連合国軍の占領目的を阻害した罪により、主犯格とされた被告に懲役3年、ほかの被告ら37人にも懲役2年などの判決が言い渡された。判決を受け、在日台湾人の団体は抗議集会を開いている。この事件は、戦後混乱期の闇市を巡る利権争いと、在日外国人の法的地位を巡る問題が複雑に絡み合った事例として、後年の研究でもたびたび取り上げられている。占領下という特殊な状況のもとで審理された事件であることから、当時の司法制度や治安維持のあり方を考える素材としても言及されることが多い。渋谷警察署前という都心の一角で銃撃戦が起きたこと自体、終戦直後の東京の治安状況の不安定さを象徴する出来事として記憶されている。
経過
-
1946年7月19日
昭和21年事件・事故 渋谷警察署前で銃撃戦が発生
警察官1人・在日台湾人2人が死亡。
-
1946年12月10日
昭和21年判決 占領目的阻害罪で関係者に有罪判決
主犯格に懲役3年、ほか37人に懲役2年など。
出典・参考資料
この事件については、判決文・調査報告書などの一次資料をまだ確認できていません。以下は報道・文献などの参考資料です(出典の方針)。
- その他
- その他
さらに調べるには
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「渋谷事件」事件JP、2026年10月30日閲覧。https://jiken.jp/cases/1946-shibuya-incident/
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更新履歴
- 2026年10月5日 ステータスを「終結」→「判決確定」に訂正(刑事裁判で判決が確定しているため。無罪確定を含む)
- 2026年7月18日 初版公開
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