キティ台風

発生日 1949年8月31日(昭和24年)
経過 発生から76年10か月
発生場所 神奈川県 小田原市ほか(関東地方)
種別 災害
状態 終結
被害 死者 135人  負傷者 479人
1949年(昭和24年)8月31日、台風10号(キティ台風)が神奈川県小田原市付近に上陸し関東地方を縦断した。暴風・大雨・高潮により死者135人、行方不明者25人にのぼり、戦後復興途上の首都圏に大きな被害をもたらした。
広告

災害の経過

1949年8月31日夜、台風10号(国際名キティ)が中心気圧956ヘクトパスカルの勢力で神奈川県小田原市の西に上陸した。台風は関東地方を縦断し、翌9月1日未明には新潟県柏崎市付近から日本海へ抜けて温帯低気圧に変わった。八丈島で最大瞬間風速47.2メートル、横浜でも44.3メートルを観測する暴風となり、大雨による河川の決壊や土砂崩れ、高潮による東京湾沿岸の浸水など、各地で甚大な被害をもたらした。この台風により死者135人、行方不明者25人、負傷者479人にのぼった。終戦から4年しか経っていない時期に首都圏を直撃した大型台風として、当時の社会に大きな衝撃を与えた。関東地方を縦断したのち日本海に抜けたこの台風は、進路にあたった東京・神奈川・埼玉・群馬など広い範囲に被害を及ぼした。台風の名称「キティ」は、当時アメリカ側が定めていた命名規則に基づくもので、戦後しばらくの間、日本に来襲する台風には英語の女性名が付けられていた時代の一例でもある。
広告

被害の状況

台風の通過が満潮の時刻と重なったため、東京湾では高潮が発生し、江東区・江戸川区など海抜0メートル地帯を中心に大規模な浸水被害をもたらした。横浜港では、係留されていた船舶90隻のうち26隻が沈没するなど、開港以来最大級の被害を受けた。群馬県では渡良瀬川の堤防が決壊し、東京では7万戸以上が床上浸水した。住宅の全壊は3733棟、半壊は13470棟に及び、沈没・損壊した船舶も2900隻にのぼった。

その後

浸水被害は床上浸水51,899棟、床下浸水92,161棟にのぼり、当時まだ戦災からの復興途上にあった首都圏の住民生活に深刻な打撃を与えた。台風から2日後の1949年9月2日には、昭和天皇と香淳皇后が被害の大きかった東京都・神奈川県・群馬県・千葉県に見舞金を下賜している。キティ台風は、その後の治水・高潮対策の必要性を改めて認識させる契機となり、この台風の被害を教訓に、河川堤防の強化や高潮対策の見直しが各地で進められた。

経過

  1. 1949年8月31日
    昭和24年

    事件・事故 台風10号(キティ台風)が関東地方に上陸

    死者135人、行方不明25人。

出典・公的資料

  • 公的発表・広報
    気象庁
    台風経路・気象概況を確認
  • その他
    フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
    被害規模の詳細を確認

この記事を引用する

レポート・記事などで本ページを参照する際は、以下の表記をご利用ください。

「キティ台風」事件データベース jiken.jp、2026年7月29日閲覧。https://jiken.jp/cases/1949-kitty-typhoon/

関連する事件

広告

更新履歴

  • 2026年7月20日 初版公開

本ページは公的資料に基づいて作成しています。情報の誤りにお気づきの場合や、掲載内容の削除・訂正のご依頼は お問い合わせ・削除依頼よりご連絡ください。