事件一覧
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404 件が見つかりました
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ノルマントン号事件
1886年(明治19年)10月24日、イギリス貨物船ノルマントン号が紀伊半島沖で沈没し、日本人乗客25人全員が水死した事件。イギリス人船長ら乗組員はボートで脱出して助かり、当初の領事裁判では船長が無罪とされたことに世論が反発、不平等条約下の領事裁判権の不公正さを浮き彫りにし、条約改正運動を後押しした。
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藤田組贋札事件
1879年(明治12年)9月15日、大阪の政商・藤田組本店に家宅捜索が入り、藤田伝三郎ら7人が贋札製造の疑いで拘引された事件。証拠不十分で釈放されたが、3年後に神奈川県の熊坂長庵が真犯人として逮捕された。薩摩閥による長州系政商追い落としの政治的思惑が背景にあったとされる。
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元禄地震
1703年(元禄16年)12月31日未明、相模トラフ沿いの房総半島南方沖を震源として発生した海溝型巨大地震。マグニチュードは7.9から8.5と推定され、房総半島から相模湾沿岸にかけて津波と家屋倒壊により甚大な被害をもたらした。1923年の関東大震災と同型の地震とされ、隆起量など一部の指標では元禄地震の方が規模が大きかったとされる。
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赤穂事件
1703年(元禄15年)12月14日未明(西暦1月30日)、江戸本所の吉良義央邸に、赤穂藩の旧筆頭家老・大石内蔵助ら赤穂浪士47人が討ち入り、前年に江戸城内で刃傷事件を起こして切腹となった主君・浅野内匠頭の仇討ちとして吉良を討ち取った。吉良方の死傷者は史料により幅があり、死者15〜18人、負傷者19〜23人とされる。討ち入り後、浪士46人は自首し、翌年2月4日、幕府は全員に切腹を命じ、各預け先の大名家で執行された。後世「忠臣蔵」として演劇化され、主君への忠義を体現する物語として広く語り継がれている。
出典: https://jiken.jp/cases/?page=21(2026-09-15 取得)/ 事件JP