万代橋事件
| 発生日 | 1948年8月23日(昭和23年) |
|---|---|
| 経過 | 発生から77年11か月 |
| 発生場所 | 新潟県 新潟市(萬代橋) |
| 種別 | 事故 |
| 状態 | 終結 |
| 被害 | 死者 11人 負傷者 29人 |
1948年(昭和23年)8月23日、新潟市の萬代橋で花火大会を見物していた観衆が欄干に殺到し、欄干が約40メートルにわたり崩落した。約100人が信濃川に転落し、11人が死亡、29人が重軽傷を負った。
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事件の経過
1948年8月23日午後8時55分ごろ、新潟市の信濃川に架かる萬代橋の上で、川開き(現在の新潟まつりの前身)の花火大会を見物していた大勢の観衆が、打ち上げられたスターマインをよく見ようと一斉に下流側の欄干に押し寄せた。欄干は本来鉄柵で補強されていたが、戦時中の金属供出により撤去され、強度の低い木柵に付け替えられていた。多くの観衆の重みに耐えきれず、欄干は約40メートルにわたって崩落し、約100人が信濃川に転落した。この事故により11人が死亡、29人が重軽傷を負った。夜間の花火見物中の出来事だったこともあり、川に転落した人々の救助は困難を極めたと伝えられている。
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その後の対策
事故後、新潟市は花火大会開催中の橋梁上での立ち止まっての見物を禁止し、信濃川に架かる橋の歩道部について、花火大会当日は通行規制を行う措置を取るようになった。戦時中の金属供出により橋の安全設備が弱体化していた実態も、事故の背景として指摘された。終戦から3年、街が復興に向かう中で開かれた祭りの賑わいが一転して惨事に転じたことは、当時の市民に大きな衝撃を与えた。橋の欄干という日常的な構造物の強度不足が、多くの人命を奪う結果につながったことは、公共施設の維持管理のあり方を考えるうえでも教訓となった。戦時中の物資供出という国策が、思わぬ形で戦後の惨事につながった点も、この事件の特異な背景として記録されている。
現在への教訓
事故当時の萬代橋は、1929年に架け替えられた3代目にあたり、初代萬代橋の架橋(1886年)から数えて新潟市の交通の要として長く親しまれてきた橋だった。現在の萬代橋は、意匠・技術の両面で優れた橋として2004年に国の重要文化財に指定されており、国道に架かる橋として東京の日本橋に次いで2例目の指定となった。新潟まつりの花火大会の際には、この事故の教訓を踏まえた雑踏警備が徹底されており、橋上での見物禁止は現在まで継続して守られている。
経過
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1948年8月23日
昭和23年事件・事故 花火見物中に萬代橋の欄干が崩落
死者11人、負傷29人。
出典・公的資料
一次資料 1件 判決文・白書・調査報告書・法令など、原典にあたれる資料を掲載しています。
- その他
- 調査報告書
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「万代橋事件」事件データベース jiken.jp、2026年7月29日閲覧。https://jiken.jp/cases/1948-bandaibashi-incident/
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更新履歴
- 2026年7月20日 初版公開
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