豊浜山津波

発生日 1962年10月17日(昭和37年)
経過 発生から63年9か月
発生場所 北海道 爾志郡乙部町豊浜地区
種別 災害
状態 終結
被害 死者 11人  負傷者 14人
1962年(昭和37年)10月17日、北海道乙部町豊浜地区で発生した土石流(山津波)が、走行中の函館バスの路線バスを海中に押し流した事故。乗務員2人は生還したが、乗客のうち11人が死亡、3人が行方不明、14人が重軽傷を負った。事故後、現場の旧道は廃止され、新たなトンネル・道路が整備された。
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事故の経過

1962年(昭和37年)10月17日午前10時45分ごろ、北海道爾志郡乙部町の檜山海岸線で、熊石発江差行きの函館バス路線バスが、豊浜四号隧道を通過した直後、豊浜三号隧道付近で落石を発見した。乗務員は本社への連絡のため、最寄りの停留所まで後退を始めたが、間もなく山腹が大規模に崩れる土石流(山津波)が発生し、バスは巻き込まれて海中に転落した。現場付近は切り立った崖が海岸線に迫る地形で、道路は崖と海に挟まれた狭い区間を通っており、土砂災害が発生した場合に車両が逃げ場を失いやすい構造だった。当時、この区間は北海道と本州を結ぶ幹線国道の一部として、路線バスのほか多くの車両が日常的に行き交っていた。
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被害とその後の対応

運転士と車掌の乗務員2人は脱出して生還したものの、乗客のうち11人が死亡、3人が行方不明のまま発見されず、14人が重軽傷を負う惨事となった。事故後、崩落の危険性が指摘されていた現場付近の旧道は廃止され、山側を迂回する新道の建設が進められた。1973年には全長1270メートルの豊浜トンネルが開通し、事故現場となった旧道は廃道となった。犠牲者を悼む慰霊碑は事故翌年の1963年に現場付近へ建立され、1973年のトンネル開通にあわせて現在の場所へ移された。地元の遺族会は長年にわたり慰霊碑前で合同供養を続けてきたが、遺族の高齢化を理由に、この供養を2028年で終える方針を決めている。北海道の日本海側は急峻な崖に沿って道路が通る区間が多く、この事故は、こうした地形が抱える土砂災害のリスクを路線バス事業者や道路管理者に強く認識させる契機となった。同種の急傾斜地における土砂災害は北海道の海岸道路沿いで繰り返し発生しており、豊浜山津波は、地質的に不安定な斜面に近接して敷設された道路インフラの危険性を全国に知らしめた早期の事例として位置づけられている。乗客の多くは近隣に暮らす住民や通勤・通学の利用者で、地域の日常の足として親しまれていた路線バスが一瞬にして大惨事の舞台となったことは、地元社会に長く記憶される衝撃を与えた。

経過

  1. 1962年10月17日
    昭和37年

    事件・事故 土石流により函館バスが海中に転落、乗客11人死亡・3人行方不明

出典・公的資料

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「豊浜山津波」事件データベース jiken.jp、2026年7月30日閲覧。https://jiken.jp/cases/1962-toyohama-landslide/

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更新履歴

  • 2026年7月30日 初版公開

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