北海道南西沖地震 通称: 奥尻島大津波

発生日 1993年7月12日(平成5年)
経過 発生から33年 1994年6月20日の確定から32年1か月
発生場所 北海道 奥尻郡奥尻町
種別 災害
状態 終結
被害 死者 230人  負傷者 323人
1993年(平成5年)7月12日22時17分、北海道南西沖の日本海を震源とするマグニチュード7.8の地震が発生した。震源が島に極めて近かったため、発生から数分という短時間で奥尻島に大津波が到達し、青苗地区では津波と同時多発火災による被害が重なった。気象庁の集計では死者・行方不明者は230人(死者202人・行方不明28人)にのぼり、住家全壊577棟などの被害が生じた。
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地震の発生

1993年7月12日22時17分、北海道南西沖の日本海(深さ約34km)を震源とするマグニチュード7.8の地震が発生した。震源が陸地・島に極めて近かったため、地震発生からわずか数分で奥尻島に津波が到達し、津波警報の発表が間に合わなかった。
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津波と火災による被害

奥尻島南部の青苗地区では、津波の到達とほぼ同時に発生した火災が重なり、市街地が壊滅的な被害を受けた。気象庁の集計では死者・行方不明者は230人(死者202人・行方不明28人)、負傷者323人、住家全壊577棟にのぼった。

教訓と防災体制の見直し

津波警報の発表が津波の到達に間に合わなかったことを教訓に、気象庁は津波警報発表までの目標時間を7分から3分に短縮するなど、津波警報システムの改善を図った。

奥尻島の復興と記憶の継承

被害が集中した青苗地区では、防災集団移転促進事業により、旧市街地の高台(標高約20〜30メートル)に4カ所の住宅団地を造成し、約190世帯が集団移転した。旧市街地の跡地は公園などの非住宅地区とし、防潮堤や北海道初の津波水門、盛土構造の学校施設など、津波を想定した防災まちづくりが進められた。全国から寄せられた義援金約90億円を原資とする災害復興基金は、被災住宅の再建支援などに活用された。2001年(平成13年)には青苗地区に「奥尻島津波館」が開館し、犠牲者198人を悼む展示とともに、地震・津波の記録と教訓を後世に伝える取り組みが続けられている。

経過

  1. 1993年7月12日
    平成5年

    事件・事故 北海道南西沖でM7.8の地震が発生

    震源は北海道南西沖の日本海、深さ約34km

  2. 1993年7月12日
    平成5年

    その他 奥尻島に大津波が到達

    発生から数分で津波が襲来し、青苗地区では火災も発生

  3. 1993年7月13日
    平成5年

    その他 政府・自衛隊が災害対応を開始

    自衛隊の災害派遣、消防庁による被害集計が始まった

  4. 1994年6月20日
    平成6年

    その他 被害の確定数値を公表

    死者202人・行方不明28人・負傷323人などの数値が確定

  5. 2001年
    平成13年

    その他 奥尻島津波館が開館

    青苗地区に、震災の記憶と教訓を伝える施設「奥尻島津波館」が開館した。犠牲者198人を悼む展示のほか、地震発生から復興までの記録映像などを展示している。

出典・公的資料

一次資料 2件 判決文・白書・調査報告書・法令など、原典にあたれる資料を掲載しています。

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「北海道南西沖地震」事件データベース jiken.jp、2026年7月29日閲覧。https://jiken.jp/cases/1993-hokkaido-nansei-oki-earthquake/

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更新履歴

  • 2026年7月12日 本文を増補(「奥尻島の復興と記憶の継承」セクションを追加)
  • 2026年7月11日 初版公開

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