北海道拓殖銀行美深支店強盗殺人事件

発生日 1950年4月2日(昭和25年)
経過 発生から76年3か月
発生場所 北海道 中川郡美深町
種別 殺人
状態 未解決
被害 死者 6人  負傷者 0人
1950年(昭和25年)4月2日未明、北海道中川郡美深町の北海道拓殖銀行美深支店に賊が侵入し、支店長夫妻・行員夫妻・支店長の娘2人の計6人に麻酔薬とみられる薬品を注射して眠らせたうえ、刃物で頸動脈などを切断して殺害し、現金108万円を奪った事件。幼児を含む多数の犠牲者と、麻酔薬の使用や頸動脈の切断という冷酷な手口から、2年前に東京で12人が毒殺された帝銀事件になぞらえて「第2の帝銀事件」と呼ばれた。捜査線上には延べ3千人が浮かんだが真犯人は特定できず、1965年4月2日、事件発生から15年で公訴時効が成立し、未解決事件となった。

事件の経過

1950年4月2日午前1時過ぎ、北海道中川郡美深町にあった北海道拓殖銀行美深支店に賊が侵入した。前日の4月1日は同行の営業開始50年を迎えた日で、支店長官舎では祝賀会が催されていた。賊は支店長夫妻、行員夫妻、支店長の娘2人の計6人に麻酔薬とみられる薬品を注射して眠らせたうえ、刃物で頸動脈や静脈を切断して殺害し、現金108万円を奪って逃走した。幼児を含む6人が犠牲になった凄惨な手口は、地域社会に大きな衝撃を与えた。

捜査の経過と時効成立

事件は、わずか2年余り前に東京都内の銀行支店で行員ら12人が青酸化合物によって毒殺された帝銀事件と、複数の被害者を薬品で無力化したうえで殺害するという手口の類似性から、「第2の帝銀事件」と呼ばれ、全国的な注目を集めた。警察の捜査では延べ3千人にのぼる人物が捜査線上に浮かんだが、いずれも証拠不十分で容疑が固まらず、真犯人の特定には至らなかった。1965年4月2日、事件発生からちょうど15年が経過したことにより、殺人罪の公訴時効が成立し、法的には未解決のまま幕を閉じた。捜査の内容が十分に検証され後の犯罪捜査に生かされなかった点も、後年になって指摘されている。

事件の風化と記録

発生から70年以上が経過した現在、事件は地元の歴史記述の中でもあまり詳しく触れられておらず、風化が進んでいるとの指摘がある。幼児を含む一家6人が殺害されるという規模の大きさにもかかわらず、時効成立から長い年月が経過したことで、事件を記憶し検証する機会が乏しくなっている。銀行支店という現金を扱う施設が標的となり、薬物による無力化という計画的な手口が用いられた点は、その後の金融機関における警備体制のあり方を考えるうえでも参照される事例となっている。地方の小規模な支店であっても大金を扱う金融機関である以上、都市部と同様の警備水準が求められることを示した点でも、教訓を残す事件であった。

経過

  1. 1950年4月2日
    昭和25年

    事件・事故 銀行支店に賊が侵入し6人を殺害、現金を奪う

    麻酔薬で無力化したうえ、刃物で頸動脈などを切断して殺害した。

  2. 1965年4月2日
    昭和40年

    その他 公訴時効が成立

    発生から15年で殺人罪の時効が成立し、未解決事件となった。

出典・公的資料

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「北海道拓殖銀行美深支店強盗殺人事件」事件データベース jiken.jp、2026年7月29日閲覧。https://jiken.jp/cases/1950-hokkaido-takushoku-bank-robbery-murder/

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更新履歴

  • 2026年7月16日 初版公開

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