事件一覧
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404 件が見つかりました
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豊島産業廃棄物不法投棄事件
1990年(平成2年)11月16日、兵庫県警察が香川県小豆郡土庄町の豊島(てしま)で産業廃棄物処理業者を廃棄物処理法違反容疑で強制捜査し、瀬戸内海国立公園内の島に大量の産業廃棄物が不法投棄されていた実態が明らかになった。「ミミズの養殖」を名目に1978年から続いた投棄により、島には廃棄物と汚染土壌が堆積。住民が申請した公害調停は2000年6月6日に成立し、香川県知事が住民に謝罪して原状回復に合意した。搬出された廃棄物・汚染土壌は約91万トンにのぼり、国内最大級の産業廃棄物不法投棄事件として廃棄物処理法の度重なる改正につながった。
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新潟少女監禁事件
1990年(平成2年)11月13日、新潟県三条市内で下校中の小学4年生の少女(9歳)が男に連れ去られ、新潟県柏崎市の男の自宅2階に監禁された。少女は9年2か月後の2000年1月28日、男の家庭内暴力に悩む母親の相談を受けて訪れた保健所職員らによって発見・保護された。男は未成年者略取・逮捕監禁致傷罪等で起訴され、最高裁で懲役14年の判決が確定した。
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長崎屋火災
兵庫県尼崎市のスーパーマーケット「長崎屋尼崎店」で発生した火災。死者15人を出したが、放火犯は特定できないまま2005年に時効が成立した。
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長崎市長銃撃事件
長崎市長が右翼団体構成員に銃撃され重傷を負った事件。市長が天皇の戦争責任に言及した発言が動機とされた。
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坂本堤弁護士一家殺害事件
1989年(平成元年)11月4日未明、神奈川県横浜市磯子区洋光台の自宅で、オウム真理教の反社会性を追及していた弁護士(33歳)とその妻(29歳)、長男(1歳)が、教団幹部らによって殺害された。遺体は別々の場所の山中に埋められ、発見は事件から6年近く経った1995年になった。実行犯の教団幹部らは死刑判決を受け、2018年7月に刑が執行された。
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岩手県種市町妻子5人殺害事件
1989年(平成元年)8月9日朝、岩手県九戸郡種市町(現・洋野町)の民家で、元漁船員の男が就寝中の妻子5人を殺害した事件。控訴審で死刑判決を受けたが、被告人が上告中に病死し、公訴棄却により裁判は終結した。
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女子高生コンクリート詰め殺人事件
1988年(昭和63年)11月25日、埼玉県三郷市で下校途中の女子高校生(当時17歳)が不良少年グループに拉致され、東京都足立区綾瀬にある主犯格少年の自宅で約40日間にわたり監禁されたうえ、暴行・性的暴行を受け続け、1989年(昭和64年)1月4日に死亡した事件。少年らは遺体をドラム缶に入れコンクリートを流し込んで固め、東京都江東区内の埋立地に遺棄した。事件は1989年(平成元年)3月29日、別の事件の取り調べで少年らが関与を自供したことから埋立地が捜索され、ドラム缶の中の遺体が発見されて発覚した。少年4人は逮捕・起訴され、主犯格の少年に懲役20年、共犯の少年に無期懲役を含む実刑判決が確定した。犯行の凶悪性と加害者が少年であったことのギャップから、少年法における実名報道や量刑のあり方をめぐる議論を長年にわたり喚起し続けている。
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リクルート事件
リクルート社の未公開株が政財官界の関係者に譲渡されていたことが発覚した戦後最大級の汚職事件。前会長らが贈収賄容疑で逮捕された。
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フライデー襲撃事件
1986年(昭和61年)12月9日未明、東京都文京区の講談社本館にあるフライデー編集部に、タレントのビートたけし(北野武)とたけし軍団のメンバー計12人が乱入し、編集部員に暴行を加えた事件。前日に同誌契約記者がたけしの交際相手の女性に強引な取材を行い負傷させたことへの抗議が発端だった。たけしは現行犯逮捕され、傷害罪で有罪判決(懲役6か月・執行猶予2年)が確定した。写真週刊誌の過熱取材のあり方が社会問題化する契機となった。
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伊豆大島三原山噴火
1986年(昭和61年)11月15日に山頂火口で始まった伊豆大島・三原山の噴火は、21日夕方に山腹での大規模な割れ目噴火へと拡大した。噴煙は高度8,000メートルに達し、溶岩流が中心集落の元町地区背後まで迫ったため、大島町は22日未明までに島民約1万226人全員の島外避難を完了させた。日本で初めての全島民島外避難として知られ、避難生活は12月20日の避難指示解除まで約1か月に及んだ。直接的な死傷者は出ておらず、迅速な避難対応は後年、危機管理の成功例として広く紹介されている。
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日本航空123便墜落事故
1985年(昭和60年)8月12日、羽田発大阪行きの日本航空123便(ボーイング747SR)が群馬県多野郡上野村の御巣鷹の尾根に墜落した事故。乗員乗客524人のうち520人が死亡し、単独機の航空事故としては世界最悪の犠牲者数となった。運輸省航空事故調査委員会は、過去の修理ミスに起因する後部圧力隔壁の破壊を事故原因とする報告書を公表した。
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熊本母娘殺害事件
1985年(昭和60年)7月24日未明、熊本県上益城郡甲佐町の民家で、女性(当時63歳)とその養女(当時22歳)が、侵入した男に殺害された。加害者の男は、1962年の殺人罪で無期懲役の判決を受け仮釈放中だった。1999年、死刑が執行された。
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川崎市輸血拒否事件
1985年(昭和60年)6月6日、神奈川県川崎市で交通事故により重傷を負った小学5年の男児が、両親が信仰上の理由で輸血を拒否したため、輸血を伴う手術を受けられずに死亡した事件。
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犀川スキーバス転落事故
1985年(昭和60年)1月28日午前5時45分頃、長野県長野市の犀川で、スキー場へ向かっていた日本福祉大学の学生らを乗せた観光バスが、国道19号沿いの大安寺橋手前のカーブでガードレールを突き破り、水深4メートル・水温4度の川へ転落した。学生22人・教員1人・乗務員2人の計25人が死亡し、8人が重軽傷を負った。運転手が事故前に2週間連続勤務していたことなどから過労運転が疑われたが、長野地検は科学的な立証が困難として1986年に全員を不起訴とした。
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世田谷局ケーブル火災
1984年(昭和59年)11月16日午前11時50分ごろ、東京都世田谷区太子堂の日本電信電話公社(電電公社)世田谷電話局近くの地下洞道で、ケーブル増設工事中に火災が発生した。約17時間燃え続け、通信ケーブルが焼失した結果、約8万9千の加入電話回線と複数の銀行のオンラインシステムが最大9日間にわたり使用不能となった。死傷者はいなかったが、110番・119番の緊急通報も一時機能を失い、大都市の通信インフラの脆弱性を社会に印象づける事故となった。
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グリコ・森永事件
1984年3月、江崎グリコ社長が誘拐されたことを発端に、「かい人21面相」を名乗る犯人グループが森永製菓・丸大食品・ハウス食品・不二家など複数の食品会社を標的に、青酸ソーダ入りの菓子をばらまくと脅迫を繰り返した広域企業脅迫事件(警察庁広域重要指定114号事件)。1985年8月に終息宣言が送られた後、犯行は途絶え、2000年に全事件の公訴時効が成立し、警察庁広域重要指定事件として初の未解決事件となった。
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昭和58年7月豪雨
1983年(昭和58年)7月20日から29日にかけて、日本海を進む低気圧により梅雨前線の活動が活発化し、日本海側を中心に大雨となった。23日には島根県西部で記録的な豪雨となり、浜田では時間雨量91.0ミリ、日雨量331.5ミリを観測。中小河川の氾濫と山崩れ・がけ崩れが相次いだ。気象庁のまとめによる全国の被害は死者112人・行方不明5人・負傷者193人で、うち島根県内の死者・行方不明者は107人にのぼり、犠牲者の約8割が土砂災害によるものだった。
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戸塚ヨットスクール事件
愛知県のヨットスクールで、1979年から1982年にかけて訓練生5人が指導中の暴行等により死亡していたことが発覚し、1983年6月、校長の戸塚宏が傷害致死容疑で逮捕された事件。体罰による「スパルタ教育」の是非をめぐる社会的議論を呼んだ。
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東鉄工業作業員宿舎放火殺人事件
1983年(昭和58年)6月7日午前3時45分ごろ、千葉県四街道市の東鉄工業株式会社の作業員宿舎で放火とみられる火災が発生し、社員2人が死亡、1人が火傷を負った。同社は新東京国際空港(成田空港)の航空燃料輸送パイプライン工事を請け負っており、極左暴力集団の中核派が空港建設への攻撃としてこの犯行声明を出した。実行犯は特定されないまま、1998年6月7日に殺人罪の公訴時効が成立し、未解決事件となっている。
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日本海中部地震
1983年(昭和58年)5月26日正午前、秋田県沖合の日本海を震源とするマグニチュード7.7の地震が発生した。地震とその後の津波により、秋田県・青森県を中心に104人が死亡(うち100人が津波によるもの)、324人が負傷した。遠足中だった秋田県の小学生ら13人が津波の犠牲になったことでも知られる。
出典: https://jiken.jp/cases/?page=12(2026-09-15 取得)/ 事件JP