坂本堤弁護士一家殺害事件

結末 2018年7月、死刑が確定していた教祖と実行犯5人全員の刑が、6日と26日の2回に分けて執行された

発生日 1989年11月4日(平成元年) 1989年(平成元年)の事件 / 11月4日に起きた事件
経過 発生から36年11か月
発生場所 神奈川県 横浜市磯子区洋光台
種別 殺人
状態 判決確定
被害 死者 3人  負傷者 0人
1989年(平成元年)11月4日未明、神奈川県横浜市磯子区洋光台の自宅で、オウム真理教の反社会性を追及していた弁護士(33歳)とその妻(29歳)、長男(1歳)が、教団幹部らによって殺害された。遺体は別々の場所の山中に埋められ、発見は事件から6年近く経った1995年になった。実行犯の教団幹部らは死刑判決を受け、2018年7月に刑が執行された。
坂本堤弁護士一家殺害事件を象徴する概念イラスト
※イメージ画像(生成AIによる概念イラストであり、実際の現場・関係者を写したものではありません)
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事件の経過

弁護士は1989年5月頃から、教団に出家した信者の親たちの依頼を受けて子どもの帰宅や面会について教団と交渉するようになり、同年10月21日には、親たちが弁護士の支援の下で「オウム真理教被害者の会」を結成した。同年10月26日、あるテレビ局のワイドショー番組の制作スタッフが、放送前の坂本弁護士インタビュー映像を教団幹部に見せていたことが後に判明している(TBSビデオ問題)。教団幹部らは10月31日に弁護士事務所を訪れ交渉を試みたが、議論は平行線に終わった。教祖の麻原彰晃(松本智津夫)に対する東京地裁判決(2004年)の認定によれば、麻原は、弁護士の活動を放置すれば教団や自身が打撃を受け、教団から出馬を決めていた次の衆議院選挙にも悪影響が出ると考えて殺害を決意し、11月2日深夜から3日未明ごろ、幹部らに対し、駅から帰宅する途中の弁護士を襲って塩化カリウムを注射して殺害するよう指示した。実行役の幹部6人は3日夕方に弁護士宅付近に到着し、最寄りのJR洋光台駅前などで待ち伏せたが、弁護士は現れなかった。弁護士宅の玄関の鍵が掛かっていないことを知った幹部らが午後11時ごろに電話で指示を仰ぐと、麻原は「家族も一緒にやるしかないだろう」などと述べて、自宅に侵入して家族もろとも殺害するよう命じた。幹部らは最終電車まで待った後、11月4日午前3時過ぎに自宅に侵入し、就寝中の弁護士と妻、1歳2か月の長男を窒息死させて殺害した。遺体はそれぞれ別の場所に運ばれ、山中に埋められた。事件発覚を遅らせるため、犯行はきわめて組織的に計画・実行された。
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発覚までの経緯

事件後も長期間真相は明らかにならなかった。実行犯の1人は1990年2月に教団を脱会しており、同年9月には、長男の遺体の遺棄場所を図示した匿名の投書について捜査機関から事情を聴かれ、投書は自分が出したと認めながら、捜査かく乱が目的だったなどと偽り、事件当日は独房修行中だったとアリバイを主張していた。1995年3月の地下鉄サリン事件を受けて教団への強制捜査が本格化すると、この元幹部は同年4月5日から7日未明にかけての断続的な事情聴取の末に事件への関与を申告し、裁判所はこれを自首と認めた(東京高裁判決)。同年9月6日、弁護士の遺体が新潟県内の山中で、妻の遺体が富山県内の山中でそれぞれ発見され、4日後の9月10日には長野県内の山中で長男の遺体も発見された。3人の遺体が3つの県にまたがって別々に埋められていたことは、犯行の周到さを物語るものとされた。遺体が発見された新潟県上越市名立区には、一家を悼む慰霊碑が建立され、日本弁護士連合会が維持管理を引き継いでいる。

裁判と死刑執行

実行犯とされた教団幹部6人のうち1人は1995年の強制捜査時に殺害され、残る5人が起訴された。裁判は東京地方裁判所で審理され、起訴された実行犯5人と教祖はいずれも死刑判決を受け、その後全員の死刑が確定した。地下鉄サリン事件など一連のオウム真理教事件で死刑が確定していた教祖と元教団幹部の計13人は、2018年7月6日と26日の2回に分けて刑が執行された。7月6日に教祖と実行犯3人、7月26日に実行犯2人が執行され、坂本堤弁護士一家殺害に関与した死刑確定者全員の執行が完了した。この事件は、教団が社会的批判を排除する手段として殺人に及んだ最初の事例とされ、後の松本サリン事件・地下鉄サリン事件へと続く一連の凶悪事件の出発点として位置づけられている。

審理・経過の流れ

  1. 事件・事故 1989年11月4日
  2. 判決 1998年10月23日 +3,275日
  3. 判決 2004年2月27日 +1,953日

経過

  1. 1989年11月4日
    平成元年

    事件・事故 弁護士一家3人が殺害される

    教団幹部らが自宅に侵入し、弁護士・妻・長男(1歳)を殺害した。

  2. 1995年4月7日
    平成7年

    その他 実行犯の1人が警察に事件への関与を申告(自首)

    1990年に教団を脱会していた元幹部が、4月5日から7日未明にかけての事情聴取の末に申告した。

  3. 1995年9月6日
    平成7年

    その他 弁護士と妻の遺体が発見される

    弁護士の遺体が新潟県、妻の遺体が富山県の山中で見つかり、9月10日には長野県で長男の遺体も見つかった。

  4. 1998年10月23日
    平成10年

    判決 実行犯の1人に死刑判決

    自首した元幹部に東京地裁が死刑を言い渡した。2001年12月13日に東京高裁が控訴を棄却し、自首減軽をしなかった一審の判断を支持した。

    東京地方裁判所

  5. 2004年2月27日
    平成16年

    判決 教祖に死刑判決(一連の教団事件を含む)

    東京地方裁判所 (事件番号: 平成7年合(わ)第141号等)

  6. 2018年7月6日
    平成30年

    その他 死刑確定者7人の刑執行(一連のオウム真理教事件)

    教祖を含む7人の死刑が執行された。坂本弁護士一家殺害の実行犯3人が含まれる。

  7. 2018年7月26日
    平成30年

    その他 死刑確定者6人の刑執行、坂本一家殺害関与者を含め全員の執行完了

    残る6人の死刑が執行され、一連のオウム真理教事件で死刑が確定していた13人全員の執行が完了した。坂本弁護士一家殺害の実行犯2人が含まれる。

出典・公的資料

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「坂本堤弁護士一家殺害事件」事件JP、2026年10月30日閲覧。https://jiken.jp/cases/1989-sakamoto-family-murder/
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更新履歴

  • 2026年10月19日 実行犯5人全員の死刑確定と、執行日ごとの人数を追記
  • 2026年10月3日 一次資料補強:教祖に対する東京地裁判決(2004年)と実行犯の東京高裁判決(2001年)を出典に追加。発覚の経緯(「1995年9月に地図を送付」→1990年の匿名投書と1995年4月の自首)、被害者の会の結成(弁護士の支援で10月21日)を訂正し、殺害指示の経緯と犯行の状況を加筆
  • 2026年9月24日 出典type分類を訂正(press→other、日本経済新聞)
  • 2026年7月16日 初版公開

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